山行名 屋久島新歓合宿
入山山域 屋久島縦走 永田〜永田岳〜宮之浦岳〜(尾之間、湯泊)
山行日 1983年4月29日(金)〜5月4日(水)
メンバー 有松、北村、井上、加藤、竹内、北島

行動記録

1983年4月29日(金)鹿児島発(8:00)―宮之浦港着(12:30)―永田着(13:50)―出発(14:30)―ミズトリ沢源頭(16:25)
 多田、富永、服巻の3老に見送られ鹿児島を後にする。霧雨が降りつ止みつしているが、ミズトリ沢まで行くことにする。北島さんが嫌そうな顔をする。途中、例によって吸血ナメクジに苦しめられる。井上、パンツの中に3匹発見するが、内1匹は、別の生物であることが分かる。入山仮祝いをする。差し入れ、酒1本。今後が不安。

4月30日(土)曇時々雨 起床(4:00)―D1出発(5:55)―D2出発(6:15)―岳の辻(7:45)―鹿之沢小屋(10:10)
 D1:有松、北村、井上、加藤、D2:竹内、北島にわかれ、時間をずらし、出発する。途中、D2はD1に追いつき、以後、つきつ離れつしてD1の後を追う。のんびり入山のつもりが、1年生意外に(失礼)早く、小屋で葉づゆを乾かす。連絡不行き届きでカメラを持って来ていないことを発見。

5月1日(日)曇のち雨 起床(4:00)―出発(5:50)―永田T峰(6:40)―鹿之沢小屋着(8:10)―救助へ向かう(15:30)―現場着(16:20)―鹿之沢小屋着(19:10)
 永田岳T峰とU峰のコルよりU峰へ向かうが、風強く、ガスも深く引き返すことにする。北島さんは、高塚小屋に向かう。途中より雨が降り始める。沈澱。午後、永田岳、宮之浦岳のコルから、永田岳寄りに動けなくなった登山者を社会人パーティが発見し、救助を頼まれる。竹内、有松、1年生を残し、現場へ向かう。一名、歩行困難のため、担ぎ下ろす。残り数名は酒を必要以上に飲み、ぐてんぐてんの状態。発見したパーティが飲ませたものらしいが、連中は雰囲気に酔っていいかげんなことばかりするので、腹が立った。前述の一名は乾布まさつを施す。鹿大パーティは食事をとり、20時就寝。
(翌朝、遭難者達は、ろくに挨拶も返さず、よかったよかったと永田に下っていった。ちっともよくない。)

5月2日(月) 起床(6:00)―出発(7:40)―永田岳U峰着(8:40)―永田岳V峰着(9:10)―永田岳T峰(10:10)―鹿之沢小屋着(11:20)
 散歩に出かける。高曇りの中を永田岳に向かうと薄日がさしはじめる。前日と違い、展望のきく山頂に立つ。V峰に着く頃より、また雲が厚くなり、わずかにガスが上がってくる。行動食がないことと、天候を考えてV峰は割愛。途中休憩を挟みつつ、景色を見つつ、のんびり下る。

5月3日(火)曇のち雨 起床(4:00)―宮之浦岳(7:55)―翁岳(8:43)―投石平(9:00)―黒味花之江河分岐(9:55)―合流、花之江河発(11:20)―淀川小屋(12:10)
 朝の行動の遅さが目立ったが、檄を飛ばすと、一応1時間30分以内で準備は終わる。1月に予定した冬季登攀のデポを見つけ回収。翁岳へは分岐より空身でピストン。コールの練習をする。雷鳥2羽。投石平で景色を眺めつつ、のんびり弁当を食べる。ボルダリングをして遊ぶ。竹内は花之江河へ、有松、一年生は黒味岳に向かう。山頂よりコールをして花之江河に届かなかったら、一年生は下山を許されない由、厳命。花之江河でコールを待っていると、「猿が鳴いているなぁ」と、老登山者に言われる。ほっといてください。小屋に到着と前後して雨になる。デポ回収の食料で、リッチな夕食。酒がわずかで寂しい。

5月4日(水)曇時々雨 起床(3:30)―湯泊隊出発(5:10)―尾之間隊出発(5:45)
【尾之間隊】鯛之川渡し(7:30)―蛇ノ口滝分岐(9:35)―再び蛇ノ口滝分岐(10:00)―尾之間温泉着(10:55)
 北村トップ。なかなかのペースで飛ばすが、よくこける。途中、加藤トップ。これもいいペース。北村相変わらず、よくこけるが、すっくと立ちあがり、黙々と前についていく姿は、涙なしでは見られない。空身で、蛇ノ口滝見物に出かけるが、水量が増しているため川を渡れず。断念。のんびり、風呂につかる。北村のうつろな目が輝き始める。
【湯泊隊】花之江河(6:00)―七五岳分岐(8:45)―湯泊(11:15)
 途中、時計が壊れたため、後半の時間がはっきりせず。伐採林で道を失い、藪こぎをして林道に出る。
有松「もっとゆっくり行っていいぞ」
井上「いいです。急ぎましょう。」拍手。
(竹内)

感想
井上達也 農学部農業工学科1年
 ただ一週間の屋久島新歓合宿だったがいろんなことがあったように思える。まず自分は海を見る機会が少なくフェリーに乗って海を眺めているだけで感激した。それから永田のヒルには参った。生まれて初めて見たヒルに血を吸われるなんて参った。ちなみに俺はパンツの上2ヵ所を食いつかれてパンツが血に染まった。割とそういうのに神経質なので気持ち悪かった。そして、いきなり遭難騒ぎに巻き込まれて遭難というものに接してなんとなく山の恐ろしさを味わったようだ。それからは自分は湯泊に下りたのだが、あの長い下りの後の開放感は何とも言えなかった。特に印象に残っているものといえばそれくらいである。次に1年はやはり連れて行ってもらったという感は隠せなく、自分の考えていた山登りよりも厳しい所もあり、自分なりに甘い面も多かったと思う。1年三人とも個性を強調して三人がうまくいくようにがんばりたいと思う。先輩方では今度の山に参加した北島さん、竹内さん、有松さんしか山を通じては接していないので鹿大山岳部のことはわからないがそれなりに大分わかってきたようです。なんとかやっていけそうな気がします。

加藤英幸 理学部物理学科1年
 今度の屋久島合宿は僕にとって不安と期待を兼ね備えたものであった。20kgほどあるキスリングを背負っての初めての山行であった。始めの2日間の登りは歩き方がむちゃくちゃで非常に疲れた。何度も山登りなどもうやめようと思ったほどだった。散策と永田岳から淀川小屋までの縦走はあまり疲れなかったのは助かったが、どの山に登ってもあまり感動しなかった。下山してやっと感動なるものを感じた。それでもやっと戻って来たという気が強かった。今度の合宿は初めての山行であり、行動がのろく迷惑をかけすぎた。次回はもっと機敏に行動できるようにしたい。そしてもっと山に感動できるようになりたいと思う。

北村一弘 工学部機械工学第二学科1年
 今回の合宿は自分にとって初めての山行であった。重いザックを背負い濡れた服を着てヒルに血を吸われながら何度も遅れながら先頭の人について何もない山道をただ黙々と歩いた数日間。思い出すだけで疲れがどっと押し寄せてくる。とにかく今回の合宿はきつかった。反省すべきこととしては体力が不足していることと山のことに関して全く無知であったと言うことだ。少し歩いただけですぐ疲れて他の人に迷惑をかけたり、飯炊きなども他人に任せっきりだったり、その他いろいろな点で未熟であった。これから先ずっと学ぶべきことがたくさんあると思った。さあ次回の山行もがんばるぞ!


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