山行名 新歓屋久島合宿
入山山域 屋久島
山行日 1985年4月28日(日)〜5月2日(木)
メンバー

行動記録

1985年4月28日(日)快晴 離鹿(8:00)―宮之浦港(12:30)―永田着(13:25)
 永井が朝寝して部室への集合時間に遅れて顰蹙を買うが、多田、原田、竹内の見送りを受け屋久島へ出発。

4月29日(月)晴れ 起床(3:00)―出発(4:30)―永田歩道と林道との分岐点(4:55)―再び分岐出発(5:55)―大休止(10:00〜10:30)―姥ヶ岩屋(11:00)―鹿之沢着(12:55)
 永田歩道と林道を北村が見間違い、他のメンバーの顰蹙を買う。この後、ちょっとでも道が分かりにくいときはすぐに地図で確認することにするというとてもいい習慣を身につけることになった。それから、ひたすら樹林の中を黙々と歩きつづける。新入部員の3人は、最初は休憩のとき地図を見たり、メモをするなど余裕を持っていたが、その中の若干1名(野原)はすでに1ピッチ目からバテ始め、それ以後は休憩のたびにぐったりとしていた。

4月30日(火)晴れ 起床(5:00)―出発(6:30)―永田岳T峰(7:08)―永田岳T峰発(7:30)―永田岳U峰着(7:40)―永田岳U峰発(8:20)―W峰(ネマチ)着(8:50)―W峰発(11:17)―鹿之沢着
 天気がよく、藪こぎしても服は濡れないし、気分は最高。各ピーク場で昼寝をしたり、写真撮影をしてすてきな時間を過ごす。

5月1日(水)曇 起床(4:34)―出発(5:56)―永田・宮之浦のコル(6:45)―宮之浦岳(7:31)―宮之浦岳発(7:50)―翁岳分岐着(8:07)―翁岳(8:25)―翁岳分岐発(8:43)―黒味岳分岐(9:34)―花之江河着(9:55)―淀川着(11:45)
 やっと樹林帯から開放され、主稜線の縦走なのに天気があまり良くなくて、各ピークはガスに包まれて真っ白。素晴らしい景色が見られなくて残念でした。黒味と花之江河間で毎度おなじみコールの練習。みんな結構うまくできていた。それから淀川小屋へ下り、素晴らしい自然の中で各自、午後の時間をつぶし、夜は、これまたおなじみの初恋談義などやりながら山の中での最後の夜を楽しむ。

5月2日(木)快晴 起床(3:43)―出発(5:10)
【D1】出発(5:10)―林道・尾之間歩道分岐(5:34)―鯛之川渡し(6:47)―蛇ノ口滝分岐(8:50)―尾之間(10:20)
 この日も好天に恵まれ、合宿中雨が一滴も降らなかった。下山日ということで、皆元気に歩く。野原、橋本、永井君お疲れ様でした。ご協力いただいた上級生の皆さん、どうもありがとうございました。
【D2】出発(5:10)―花之江河(6:00)―ビャクダンの峰(6:57)―ワレノ岩屋(7:30)―三能の小屋跡(8:10)―烏帽子岳(9:00)―林道(9:55)―湯泊着(12:20)
 デー太郎岩屋は通過。苔の生えた1本橋が多く雨の日は危険。ワレノ岩屋から藪ひどし。烏帽子岳からの眺めは最高だった。

感想 永井直樹
 登山経験が皆無な僕が、始めて山行に参加して思ったことは、次のようなことである。すなわち、「山で味わう様々な事象を、あれこれただ漠然とイメージすることと、それを実際に身をもって体験し、その体験の上でイメージすることとは全く違うものなのだ。」ということである。
 山行をするにはザックを背負わなければならない。頂上に辿り着くには実際にこの足で登らなければならない。腹を満たすには火をおこし、この手で作らなければならない。眠るためには実際にテントを張り、シュラフを広げなければならない。仲間のことにおいても行動を共にし、同じテントで生活すると、どうしても個人のエゴが見えてしまう。でもそれでもうまくやっていかねばならない。
 何だ、何をわかりきったことを言っているのだと思われるかもしれない。しかし、僕がこの山行で実際に感じることができたことである。その中から、頭の中だけで物事を想像することと、実際の体験で養われたものを想像することとは違うものだ、と身をもって感じることができたのだ。これからもいろいろな山行をすると思う。その中で自分が実際に体験してできたイメージを大切にしていきたいです。


TOP