山行名 夏山定着合宿北アルプス剣沢
入山山域 北アルプス剣岳
山行日 1987年7月31日(金)〜8月8日(土)
メンバー L永井直樹4 小澤剛1 宮崎義則1

行動記録

1987年7月31日(金)雨 富山駅集合(5:00)―立山駅(7:25)―室堂着(11:30)―室堂発(12:20)―雷鳥平(13:20)―帰幕(15:15)
 宮崎、小澤は関西より、永井は神奈川からそれぞれ集まる。研修所に寄り、発送しておいた荷物を受け取る。懐かしい柳沢先生に会う。美女平あたりから土砂降りの雨が。入山早々ついてない!みくりが池で恒例の写真撮影をしようとするも、ガスがひどく断念する。テント設営後、真砂沢方面の斜面でスキーヤーに混じって雪訓をする。宮崎は雪の上を歩くのが初めてとあって危なっかしい。小澤は、どこからか宅急便用のビニールシートを見つけ出し、それでシリセードをやろうとのたまう。帰幕して、食事が済み、寝ようとしていた。薄暗がりの中で宮崎がザックの中から何やら取り出した。それは上手にパッキングされた目覚まし時計であった。明日の起床担当のために使うのだという。
永井「宮崎、そりゃ何ね?」
宮崎「目覚まし時計です。」
永井「下からわざわざ担いできたのか?」
宮崎「はい。起床当番にはどうしてもこれ(時計)が離せませんから。重くなるだろうとは思いましたが、持ってきてしまいました。」
 いやはや参った。しかし、これ以後三人とも起床時間をそれほど気にすることなく、安眠に専念?することができた。この目覚まし時計は一回もサボらず律儀にも決まった時間に私たちを起こしてくれた。

8月1日(土)雨 起床(3:30)―出発(5:05)―剣御前小屋(7:10)―剣沢三田平(8:35)―雪訓(11:20)―帰幕(15:15)
 雨に霧で寒い。剣は見えなかった。BCを設営して小休止。剣御前の斜面でキックステップ、滑落停止の練習。宮崎、まだ慣れない。山靴が大きいためうまく歩けない。BCに戻ったら服巻さんが来ていた。福井より朝一番でかけつけてくれたとのこと。ありがたい。牛乳1g、生卵、焼き豚など山では食べられないものをたくさん差し入れてもらった。夏山前進基地で社会人の研修会が開かれていた。講師に三穂野さんがおいでになっていると聞いたので挨拶に行く。人数は少ないががんばれと激励される。ビールを頂く。同じく講師としてきていた柳沢氏、山本氏、織田氏にお会いする。宮崎の恋人談義に花が咲く。

8月2日(日)晴れ 起床(4:00)―出発(5:35)―雪訓開始(5:55)―終了(14:10)―帰幕(15:00)
 剣御前の斜面にてアイゼン歩行、滑落停止、ザイルワークの練習をする。滑落停止は瞬間で止まるよう練習した。もんどりうって転がる練習もしたため体が雪になじんできた。天気がよく日差しがまぶしい。差し入れのオレンジがうまい。剣沢のテント場が美しい。服巻さん帰られる。スタッカットにも大分慣れてきた。夕食はナスの田舎煮であった。この中に服巻さんからの差し入れの卵を入れたのでとろみがついてうまかった。(企画制作)宮崎、小澤コンビの勝利である。夕食中、明日下山するとのことで三穂野さんが挨拶に来られる。柔和な語り方。激励され、明日以降の健闘を念じ就寝する。

8月3日(月)晴れ 起床(3:30)―出発(4:50)―長次郎谷出合(5:30)―X・Yのコル参拝(7:25)―雪訓(8:25)―終了(13:40)―長次郎谷出合(14:35)―BC着(16:25)
 キックステップをしながら一気にX・Yのコルまで。Aフェース基部にて諸先輩方を参拝する。ABCDの各フェースを眺める。Aフェースには関東学院大の戸谷君が取りついていた。長次郎の頭に向けてザイルワークの練習。日差しが強く雪盲になりそうである。スタッカットをしようとした矢先、宮崎が非常用品を落とした。雪渓を下まで転々と。アア。が、下から詰めてくるパーティに拾われて難を逃れる。ありがたい。私は出合まで探しに行くのかという思いが頭をよぎり、転がっていく点を追いながら、これほど長次郎の雪渓が長く見えたことはなかった。Fixを終え、下まで下りる。バテる。帰ってから牛乳を飲み明日への体力を充填する。

8月4日(火)晴れのちガス 起床(3:30)―出発(4:45)―真砂沢ロッジ(5:35)―二股(6:25)―三の窓(9:40)―池ノ谷乗越(10:35)―本峰(13:00)―BC着(15:35)
 八ツ峰の朝焼けがきれいだった。朝もやにけむる三の窓が美しい。懸念されたインゼルもしっかりしており階段もついていたため難なく通過。チンネを攀るクライマーを拝む。長次郎の頭あたりからガスが出てき始め、やがて霧雨となる。頭ではY峰を登るクライマーが見えた。ガスが濃く、ルートファインディングに気を使う。本峰では何も見えず。

8月5日(水)雨風強し 沈澱
 雷混じりの雨が降り続く。沈澱にする。各自暑中見舞いを書き、ごろごろして過ごす。下ではサーファーが落雷でなくなったとのラジオの報。

8月6日(木)雨のち晴れ 起床(3:30)―出発(6:05)―取り付き(6:45)―源治郎T峰(10:55)―源治郎U峰(11:55)―アプザイレン終了(13:30)―本峰(14:25)―BC着(16:45)
 ガスが濃く、御前に嫌な雲が残っていたが、天気は上向くと判断し、出かける。先行パーティがジャングルジムの手前でザイルを出していたためずいぶん待たされる。前夜の雨でルンゼ内ではどこも滝になっており、岩が濡れているためザイルを積極的に出す。T峰まで来ると景色は抜群、八ツ峰や後立山の峰々が見える。先行パーティがいたため支点で時間を食う。私はその間ぐしょ濡れの靴下を乾かしたかった。本峰到着。雲海が美しい。記念撮影。日差しが強く暑い。むくんだ顔が痛い。現像されてきた写真を見ると顔がなんと風船のようであった。

8月7日(金)晴れのち曇 起床(3:00)―出発(4:30)―長次郎谷出合(5:10)―Y峰手前インゼル(6:15)―X・Yのコル(6:35)―Y峰(8:15)―Z峰下りアプザイレン(8:55)―クレオパトラニードル基部(10:05)―八ツ峰の頭から下降(10:30)―池ノ谷乗越(10:50)―出合(14:55)―BC着(16:25)
 A、Cに取り付く2,3パーティ。こう早いと気持ちよい。Y峰への登りは右側が大きく崩れており気を使う。チンネの眺めが素晴らしい。[峰の登りは技術的に無理と諦めクレオパトラニードル基部へ逃げる。池ノ谷乗越から本峰へ行くはずだったが、カッパやアイゼンを持ってきており、50bザイルも使ってくれと泣いていた。ここでザイルワークをしなければ一生後悔しそうなのでFixの練習も兼ねて長次郎谷を下ることにする。宮崎をミドルにし、Fix6本を張った。あとはグリセードで一気に下りる。長次郎谷の下部の岩がすでに露出しており、滑落停止を早めにとらないと思わぬ事故を起しかねないと思う。長次郎谷出合からは、BCに着くだけとなる。なんだかホッとした。剣沢で買ったビールで一息つく。アア、腹にしみわたる!傾いた陽など気にせずに装備を干す。酒を飲み就寝。

8月8日(土)曇 起床(6:00)―出発(8:15)―剣御前小屋(9:25)―雷鳥平(10:35)―室堂(11:45)―立山(14:35)―富山(15:45)
 装備分け、連絡等をして出発。剣は晴れていた。風強し。宮崎の膝の調子がおかしく心配する。さすがに下界は暑い。臭い格好も気にかかる。風呂に入り、打ち上げをする。荷造りを済ませ、解散。永井は帰郷。宮崎、小澤は縦走へ向け準備する。おつかれさま。(永井)
反省 夏合宿について、東條は家庭の事情(父親が入院されている)のため、永井、宮崎、小澤の3人だけの参加となった。したがって、まず山に行ってみようという気持ちで合宿を組んだ。雪訓を数多くこなし、一応の基礎としての技術は身についたと思う。今後は、これらの技術を着実に伸ばし、フロンティアスピリットを持って山に向かえたら最高ではないかと思う。また、永井が就職活動を行うため事前に準備、あるいは岩登り練習にほとんど参加できなかった。しかし、東條をはじめとして、みんながよくやってくれた。それだけの準備ができたからこそ、夏山合宿が組めたのだと思う。みんなよくやった。ご苦労様。
 この秋から永井は卒論などで実質的に部の活動ができなくなる。東條は東條なりの山を目指して欲しい。悔いのない活動を、精一杯して欲しい。OBの諸先輩方、これからも鹿大山岳部をよろしくお願いします。(永井)


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