山行名 春山合宿 北アルプス鹿島槍ヶ岳
入山山域 北アルプス鹿島槍ヶ岳
山行日 1988年3月14日(月)〜3月20日(日)
メンバー L永井直樹 小澤剛 宮崎義則

行動記録

1988年3月14日(月)
 鈴木先生、田中、東條、北村さんの見送りを受けた後、21時40分発のさんふらわあで出発。

3月15日(火)
 大阪にて買物、夕食を済ませ、OB多田氏の見送りを受け「ちくま」にて信濃大町に向かう。

3月16日(水)快晴 大町着(5:15)―鹿島山荘(6:00)―分岐(6:20)―西俣出合(8:15)―高千穂平(13:45)―設営完了(16:05)
 大町で着替えた後、鹿島山荘へ。タクシーの中から美しい後立の山々が見える。鹿島山荘で入山届を済ます。雪が少なく、つぼ足でスタスタと。あまりにも早く着きすぎ、小澤の足の状態も良さそうなので一気に高千穂平を目指す。アイゼンをつけ、睡眠不足をもろともせずに急登を登りきる。下で汲んだ水がうまい。高千穂平でBC建設。鹿島槍や爺ヶ岳が素晴らしい。改めてほれ直した。記念撮影。BCもすごく頑丈なのができた。

3月17日(木)曇のち雪 −3℃ 起床(3:30)―出発(5:35)―赤岩尾根上部取り付き(7:10)―終了(10:40)―BC着(11:50)―雪訓開始(12:10)―終了(14:05)
 アタックするつもりであったが、赤岩尾根上部取り付き付近から頂上付近がガスりだし、雪もちらついてきたので断念し、上部の急登箇所を偵察し、ルート工作をした。富山薬大パーティはクラストしている斜面をノーザイルで平気で下りてきた。帰り道、小澤の膝が少し痛みだす。雪の降る中、近くの斜面で宮崎と小澤が組み、Fixの練習をする。夕食時、宮崎がペミカンの残りと、ミートソースの素とコーヒー、砂糖、クリームを食器に入れ、そのドロドロした液を一気に飲み干すという離れ業をやってのける。彼曰く、「栄養になりそうなものは、何でも飲みます。」いやはや参った。「すごか猛者や。」と私は舌を巻く。「将来大物になるぞ!」それ以来、食事時には「栄養」が合言葉になる。

3月18日(金)雪 −3℃ 起床(4:00)―出発(12:05)―BC着(15:50)
 積雪25〜30cm。沈澱する。シュラフの中で休養する。雪洞をBCの近くの斜面で掘る。その後、同じ斜面を使い雪訓。昨日あがってきた隣のテントのパーティは爺アタックに行ってきたとのことであった。
3月19日(土)晴れ −5℃ 起床(4:00)―出発(5:35)―尾根上部急登(6:50)―冷池乗越(7:40)―冷池山荘(8:00)―布引岳(9:20)―南峰ピーク(10:10)―布引岳(11:25)―冷池山荘(12:25)―冷池乗越(12:50)―終了(14:40)―BC着(16:05)
 アイゼンをしっかり締め出発。モルゲンロートが美しい。爺が最高に素晴らしい。ノーザイルで稜線へ。立山や剣がきれいに見える。妙高や蓼科が見え、大町付近の雲海が素晴らしい。風が強い。登りはきつい。鹿島槍ヶ岳の山頂では八ヶ岳、南アルプス、槍穂の眺めが素晴らしい。やった!みんなで記念撮影。アイゼン音を聞きながら下る。冷池山荘まで来ると春晴れ。テルモスのコーヒーがうまい。赤岩尾根への下りは登りと同じルートを取り、Fix4本張って下る。小澤の足の故障が思わしくない。BCに着いたとき、本当によかったという思いがこみ上げてきた。感動、人間万歳!

3月20日(日)晴れ 起床(5:00)―出発(7:35)―西俣(10:25)―大谷原(13:45)―林道出合(14:20)―鹿島山荘(14:55)
 下のほうは雲海が素晴らしい。テント撤収後、鹿島槍に別れを告げる。赤岩尾根の下りで練習がてらFix出発ながら下りる。最後はみんなで滑り台をした。お茶を飲んだ後、再び西俣の斜面でスタカットの練習。鹿島山荘のおばちゃんにお茶を頂く。野沢菜を炊いたのがとてもおいしかった。下山届を済ませ松本へ。松本にて打ち上げ。それぞれ実家へと解散。(永井)

感想・反省 宮崎義則
 今回の合宿は、1年間の総まとめの合宿としてとても充実したものだったと思う。積雪期における本格的な雪山はこれが初めてだったが、無事にアタックできたし、雪洞を掘ったりとか、いろんな点で収穫の多い合宿だった。ただラッセルをしなかったこと、したがって充分なワカン歩行ができなかったこと、比較的気温が高かったので(平均で−3℃から−5℃ぐらいだったと思う)寒さに対する体の慣れが今後活かせないこと、本番ではずっとセカンドだったことなどが、今後新人を自分が連れていくときの課題となるだろう。

小澤剛
 鹿島槍という山は以前から行きたいと思っていた山であったし、あのきれいな双耳峰は憧れでもあった。だから実際、鹿島槍に行くと決まったときから気持ちは充実していた。
 頂上に立ったときは、体調の悪さとバテのためフラフラだったはずなのに笑みがこぼれた。困難なルートではないし、長大なルートでもなかったけど、充実感は素晴らしいものだったからだ。そういう山行こそ自分が求めていたものでないかと思った。
 今回の山行では、精神的に得るものが多かったです。それはひとえに永井先輩の指導と宮崎からの助けがあったからだと思います。本当にありがとうございました。これからの山行に必ず役立てていきたいと思います。


TOP