山行名 屋久島鯛之川千尋滝右岸スラブ
入山山域 千々岩ルート、梅津ルート登攀
山行日 1993年12月
メンバー  米澤弘夫、多賀谷真、西郷進(鹿児島黒稜会)、鶴田和弘(鹿児島黒稜会)、福元章子(鹿児島黒稜 会)、山本啓司(鹿児島黒稜会)、竹下より子(鹿児島山岳会)、砂川聡(屋久島ガイド協会)

行動記録

 もう、15年以上も前のことになるが、私が鹿児島に赴任した頃は、足繁く屋久島に通い、当時、未登のまま残されていた永田岳北面の岩壁にザイルを伸ばしたものであった。しかし、屋久島の岩場からもしだいに遠ざかり、10年以上が過ぎてしまった。
 その間、一人でもやれるフリークライミングに打ち込んではきたものの、ついには近郊の限られた岩場での同じ動作の繰り返しとなり、近頃は心をときめかせるような登攀もめっきり少なくなった。もう一度昔のように、誰も手を触れたことがない岩壁に挑んでみたい‥‥そういう思いから屋久島での登攀を再開した。
 最初の目標として長年暖めておいた鯛之川千尋滝右岸スラブを選んだ。これは美しいスラブである。私は登るなら美しい岩壁がいい。登攀距離200m を超えるこのスラブは実際に私を引き付けて離さないだけの美しさを持っている様に思えた。
 屋久島の写真集には必ずといってよいほど 千尋滝が掲載されており、白く幅広い花崗岩の岩壁を一気に落ちるこの特徴ある巨瀑は屋久島の代表的景観と言えよう。その左手に開ける広大なスラブを見た登山者は多いに違いない。それがクライマーならばあれだけのスラブに登攀意欲をそそられぬはずはないとも思う。しかし、最近の風潮の 中では、離れ小島まで岩登りに行く者もなく、20年ほども前、まだ人工登攀全盛期に龍鳳登行会により一本のルートが開かれたと報告されたのみであった。
 かなり広い壁だから2〜3本の新しいラ インが引けるだろうとは予想できた。しかし、得られた資料は斜めから写した写真のみであり、既成ルートの位置どころか、壁自体の概念すら判然とせず、果たしてよいラインが引けるのかはこの目で壁を見るまで分からなかった。1993年8月に3人パーティでこのスラブに「鯛焼ルート」、「スペシャル鯛焼ルート」と名付けた2本のラインを引いた。
 しかしこれらのルートは一部ブッシュ帯が混じるといった難点があった。この時には手をつけることができなかったが、「龍鳳登行会ルート」のすぐ右側をダイレクトに登れば、全く灌木に触ることなく、登り切ることができそうであった。さらに、スラブの最右手にも広大な岩壁が開け、冬期の水量が少ないときでは取り付けるかもしれない。この2本の課題を果たすべく、もう一度、千尋滝スラブへ足を運んだ。

12月30日 晴れ
 今回は現役部員の多賀谷を初め計8名の大所帯である。千尋滝展望台に荷物を残し、山本−福元−竹下、西郷−多賀谷はスペシャル鯛焼ルートの登攀に出かけて行った。鶴田、米澤はテント張りと、夕食の準備。
 5人は、時間切れのため、3ピッチ登ったところで下降する。 8月よりもずっと水量が少なく、取り付くのも容易であった。南の離れ小島だけに、 真冬でも寒くはない。日中は汗ばむほどの時もあり、夏に比べ、コンディションは格段に良い。夕方に鶴田の友人の砂川が入山し、これで、メンバーが揃った。夜中に雨が降り出し、一時はどうなるかと心配したものの、明け方には雨も上がる。

12月31日 晴れ、強風
 一面に岩が濡れているために、乾くのを待ちつつぶらぶらと時間をつぶす。少しでも濡れているとどうしょうもないということは前回の経験で良く分かっている。9時近くなって、山本−米澤でスラブ左寄りのライン、龍鳳登行会ルート」の右に伸びるスラブのルート工作に出た 。
 予定のラインは、C型をしたブッシュのすぐ右横をかすめるように登り、ダイレクトにスラブ最上部まで突き上げるものである。この部分は全くブッシュに触ることなく7ピッチのスラブ登攀ができる。本富岳への登山路がスラブのすぐ上を通っており、ここから薮を降りて予定のラインの登攀終了点に出た。
 予定ルートに沿ってアップザイレンで下降しながら、ビレイピンを打っていく。このようなやり方を気に食わぬ向きもあろうが、厳しい所でボルトを打つ余裕がなくなり、この年になって、40b 、ノーピンといった恐ろしい事態に直面したくはない。およそ20本のボルトを埋め、7ピッチのルート工作を終了する。
 この日は、風が非常に強く身体があおられるほどであった。特に正午頃、突風が吹き荒れ、私はボルトを打っているときに、一瞬の風に吹き飛ばされてしまった。幸いザイルにぶらさがっていたからどうということはなかったものの、これがリードしているときだったら40bの墜落は免れなかっただろう。
 またこの強風でテントが飛ばされ、ポールが折れたうえに、フライが 大きく裂けるいうアクシデントに見舞われた。壁が乾くのを待っていた残りのメンバーはその処理に追われ、2時過ぎに既成ルートの登攀を開始する。多賀谷−福元−竹下は鯛焼ルートを、西郷−鶴田−砂川はスペシャル鯛焼ルートを登った。但し、取り付きが遅くなったために、鯛焼ルートを登った3人は同ルートの下降中に日が暮れ、真っ暗になってからテントに帰って来た。

1月1日 晴れ
 山本−福元、西郷−竹下、多賀谷−米澤 の3パーティに分け新ルートに向かう。吊り橋より、右へスラブを50bトラバ ースし、取り付き点に出る。ここまではノーザイル。8月に比べ、ずっと水量が少なく、流れに落ちたとしても流されてしまう危険はあまり無い。5bの垂壁を越え、右上にラインを取り、1ピッチを終了。
 そのまま、2つ並んだブッシュの間のスラブを目指し直上していく。3ピッチ目で、50cm ほどのステップを越える。この上はピンが無く怖いところ。4ピッチ目は傾斜が強くなり核心部と言える。但し、4本ボルトが連打してあるので気は楽だ。突き出した長石の結晶を拾いながら、やや風化したスラブをひたすら登っていく。中間支点は20bに一本のみ。落ちるとは思わないが、ホールドにした長石の結晶が欠けるとどうなるか分からない。精神状態で困難にもなれば、容易にもなる所だろう。
 最上部で岩が濡れていたものの、問題なく7ピッチ目に垂壁下のバンドに出て登攀終了。所要時間2時間ほど。ブッシュの全く無いスラブは快適である。もっとも、 他のルートに比べ表面の風化が進んでおり、またやや登り方が単調な面はある。この ルートを私のかっての山仲間の名をとり「千々岩ルート」と命名する。ここから左にトラバース気味に薮を漕ぎ、5分で登山路に出た。
 このあと、山本−米澤で右岸スラブの最も右寄り、滝に近い部分を下降しながらルート工作を行なう。右岸スラブの右端の部分は、広いいかにも快適そうな斜面が続いている。但し、下が大きな滝壼になっていて取り付けない。したがって、「鯛焼ルート」取り付き近くから登り始め、右へ右へとトラバース気味に登っていくというやや変則的なラインの取り方をする。真下に青々とした滝壼を見ながらのアップザイレンは爽快である。西郷−多賀谷−竹下はこのラインを下から登りながらボルト打ち。2ピッチ目終了点で 両者が合体し、一応ルート工作は終了した 。鶴田は下山。

1月2日 晴れ
 西郷−米澤、多賀谷−山本−砂川の2パ ーティに分け、右寄りのラインを登る。滝のすぐ下、水取り入れ口よりスラブに取り付いた。水量が多いときには取り付けないだろう。そのときは「鯛焼ルート」を1ピッチ登った所からまっすぐ右にワンピッチトラバースすれば2ピッチ目に合流できる。
 1ピッチ目は取り付き付近がつるつるで悪いが、 登るに従い楽になる。2ピッチ目からは、 ひたすら右上にラインを取る。3ピッチ 目は濡れていて不安定。真下に千尋滝の広い滝壼が広がっている。ここまでは、水煙もやってはこない。一筋の灌木帯に入り、ビレイ。さらに、右上の独立したブッシュ帯を目指し、2ピッチ右上し、ブッシュに入ったところでピッチを区切る。このブッシュを上まで登り、右へ4m トラバースして小ブッシュの上部へ出る。
 次の7ピッチ目はホールドが小さく核心部である。この辺りは広くすっきりした固いスラ ブの度真ん中を登る実に気持の良い所だ。最後の2ピッチは容易になる。ステップ下 の灌木帯に入り登攀終了。途中で、1ピッチ、ブッシュ登りがあるものの、こちらのほうが、他の3ルートに比べ岩質が良く、快適な感じがする。また、「スペシャル鯛焼ルート」と同様に広いスラブの真ん中を登るという爽快さがある。所要時間2〜3時間。このルートを「梅津ルート」と命名する。これも私の今は亡き学生時代の山仲間を忍んだものである。終了点からは、左に灌木帯をたどれば5分で登山路に出る。福元、竹下は下山。

1月3日 曇り後雨
 千尋滝左岸のスラブを登る計画であったが、あまり気乗りのするほどのところでもなくあっさりこの計画は放棄する。今回の山行も天候に恵まれ、十分な成果を上げることができた。月に35日雨が降る屋久島でこんなに続けて晴天に恵まれたという幸運が信じられない気がする。

 この2回の山行で、鯛之川千尋滝右岸スラブの開拓は終ったと言えよう。ここはアプローチが短く、快適なスラブ登攀が楽しめる。宮崎の広タキスラブに似ているのではなかろうか。技術的にはあと一つという気がしないでもないが、まずは、満足できる登攀であった。

テクニカルノート
千々岩ルート(235m,7ピッチ,5.8)
1ピッチ(35m,5.8)
 吊り橋から50mトラバースし、取付き点に出る。7mの垂壁を越え、スラブを右上する。バンドへ出てピッチを切る。
2ピッチ(25m,5.6)
 頭上の二つのブッシュの間を目がけスラブを直上。
3ピッチ(40m,5.7)
 ステップ目がけスラブを直上。ステップ を越えるところが核心。更にスラブを直上する。ピンが遠く不安定。
4ピッチ(35m,5.8)
 スラブを直上。傾斜が強くなるが、ホールドがしっかりしているので悪くはない。
5ピッチ(40m,5.6)
 スラブを直上。
6ピッチ(30m,5.6)
 スラブを直上。
7ピッチ(30m,5.5)
 容易なスラブを直上。垂壁の下の草付きに出て終了。終了点から左へトラバース気味に灌木帯を登ると5分で登山路に出る。

梅津ルート(275m,9ピッチ,5.9)
1ピッチ(35m,5.8)
 水取り入れ口より取りつく。磨かれたスラブを直上する。
2ピッチ(25m,5.6)
 スラブを右上。小テラスに出る。
3ピッチ(40m,5.8)
 そのままスラブを右上。右に細く伸びるブッシュラインでピッチを切る。
4ピッチ(30m,5.8)
 右上の独立したブッシュ帯目がけスラブをたどる。スラブの途中でビレイを取る。
5ピッチ(35m,5.7)
 更に右上の独立したブッシュ帯目がけスラブを右上し、ブッシュへ入る。
6ピッチ(20m,5.5)
 ブッシュを上まで登り、4mのスラブをトラバースし右の小ブッシュ帯の上部へ出る。
7ピッチ(30m,5.9)
 そのままスラブを右上。ホールドが小さくこのルートの山場である。
8ピッチ(25m,5.6)
 広いスラブを右上。傾斜が落ち容易である。
9ピッチ(35m,5.5)
 傾斜の落ちたスラブを右上。スラブ最上部の灌木帯へ入り登攀終了。右へ下降気味に灌木帯に入り、右へトラバース後直上すると5分で登山路に出る。(米澤弘夫)


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