山行名 大川流域屋久杉調査
入山山域 屋久島 大川流域
山行日 1995年3月7日(火)〜3月12日(日)
メンバー 原田聖久3 原田光一郎1 探検部2名 テレビ局員

行動記録

1995年3月7日(火)
 部室で打ち合わせの後、屋久島へ飛行機で行く。

3月8日(水)
 社会人と探検部1名は縄文杉、残りは永田で情報収集と買い出し。西部林道は大スラブの宝庫で車道から取り付けそうなスラブもあった。沢は遡行対象になりそうなものが2本あった。その後、山岳部2人は大川林道を偵察。ゲートから林道を歩いて終点まで行く。片道40分。林道の周りの伐採はひどい、全部切ってある。丸裸である。帰りは日が暮れて西部林道に出てからヒッチハイクし、栗生まで帰る。旅館に帰ってから装備分け。

3月9日(木)
 タクシーとレンタカーに分乗して林道を行く。林道終点に着き、荷物を担ぐ。かなり重く、ヒーヒー言う。沢の下降点に入り、ワラジを履く頃雨が降り出す。本流まで伐採してあり、かなり痛々しい。本流に入る直前に大きな支流を渡り、やっと本流にに辿りつく。持っていた遡行図が大変いいかげんで、実際に遡行してみると惑わされて迷惑した。カメラ映りをよくするために腰まで浸かったり、もう一度来た所をバックしたり、カメラマンも大変だったが重荷を背負っている方はもっと大変だった。雨が強くなってきてBC設営。夕飯、タレントの細川さんが味付けした豚汁は美味かった。この夜、ますます雨が強くなり、社会人テントは水浸しになった。

3月10日(金)杉探し
 山岳部と広瀬さん、探検部と細川さん、2グループに分かれて探す。なかなか大きいのは見つからない。探し始めたときは、全部巨大杉に見えていたが、昼を過ぎるとだんだん目が肥えてきてだまされなくなる。テレビカメラが班につくと巻けば簡単な滝でも直登したりした。この日は大きな杉は、見つからなかった。永田歩道の桃平から大川本流に降りている尾根にはテープがつけてある。花山歩道から大川の方向が変わる所に降りている尾根にもテープがついている。杉探しが終わった後、BCを50b上流に移す。夜は盛大に火を燃やして社会人はシュラフを乾かす。

3月11日(土)
 山岳部2人のグループと探検部2人のグループと探検部の石原田+カメラ班の3グループを作って探す。大川本流を少し遡行してみたが、きれいな滝、きれいなナメが多く、豪快さはないがなかなかよい沢だ。右岸を尾根に沿って探す。途中で探検部2人とコールを交わし合流して探す。午後をまわって光一郎がでっかいのを見つける。探検部の2人とスリングを結んで作ったメジャーで測ってみると8m50cmと分かる。その場でこれを報告するべきか黙っておくべきか会議が開かれたが、結局見てしまったものだから正直に報告することにし、下山を開始する。下山途中に本流側から声がする。カメラマンの伊東さんの声だ。なんだか切羽詰っていた様なので、けがでもしているのかと思い、コールをかけながら大急ぎで下っていった。するとカメラパーティは一人一人バラバラに探しており、伊東さんは大きな杉の下でけがもなくにこにこしていた。何でもカメラパーティは9メートルの大杉を見つけたらしく、8m50cmで真剣になっていた自分達がばからしくなった。伊東さんの案内で集合場所まで行き、全員集合。BCに帰る途中で9mの大杉を見る。下からの角度で見ると桁外れにでかい。明日はロケに出ることにしてBCに帰る。

3月12日(日)
 早々、昨日の杉をロケに行く。正確に測り、みんなで歓声を上げたり、ため息をついたりする。ロケが一通り済んだらその杉の前で記念撮影。BCに戻って撤収。余った食料は食えるだけ食って帰路を急ぐ。帰りはあっけないほど早かった。林道を帰っていると狩猟犬がいて猟師もいた。鹿を撃っていた。ゲートまで来ると車がある。車に全荷物全人員乗り込み、そろそろ下る。娑婆が近いので、わけのわからない話で盛り上がる。車の腹をこすらないようにゆっくり下っていたが、ものすごい音がして車から降りてみると車から油が漏れていた。そこで学生は歩きとなる。けれどもすぐに鹿を撃っていたじいさまに乗せてもらう。穴の開いた車は、結局途中で止まり、旅館の車にけん引されていた。旅館についたら風呂。後片付け、飯そして大演芸大会。鹿児島勢が歌と踊りを出せば、大阪勢がプロの漫才を見せる。話は尽きず、焼酎3升をペロッと空けて泥のように眠った。


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