山行名 屋久島小楊子川右俣花之江河沢遡行
入山山域 屋久島小楊子川右俣花之江河沢遡行
山行日 1995年10月2日(月)〜10月8日(土)
メンバー CL原田聖久4 SL原田光一郎2 西村正也1 鈴木太郎1

行動記録

1995年10月2日(月)晴れ
8:45鹿児島港 12:30宮之浦港 14:20栗生着
15:15栗生発 長い長い林道歩き。平凡な林道歩きは、死にそうにつらい。
17:50ビバーク地着 林道は、最後のほうで急に狭くなり、踏み跡程度の道に変わる。林道終点がどこか分からず、水場の近くでビバークした。

10月3日(火)快晴
6:20起床
8:00出発 踏み跡を行けるところまで行き、林道終点と思われるところより小さな支沢を下る。途中に営林用のワイヤーや捨て縄と思われるシュリンゲを発見する。途中で懸垂下降一回を使い、藪をこいでようやく本流に出会う。
9:10入渓 小楊子川本流は、巨石のゴーロになっていて、左右に曲がりくねっている。そして、曲がった先には必ずといっていいほど、難所があった。左に大きなスラブを見て、巨石のゴーロを進んでいくと、左に屈曲するところに、両岸スラブで中央が滝になっているところについた。原田聖久さん、原田光一郎さんが左岸のスラブに取り付くが、苔で滑ってどうにもならない。やむなく左岸を高巻きする。
16:00ビバーク地着 左岸の樹林帯にビバークした。

10月4日(水)雨のち曇
6:40起床 朝から曇っていて、やがて雨が降り出した。急いで近くの岩屋に逃げ込む。
9:10出発 天気はよくないがとりあえず出発する。右岸を高巻き中、藪こぎで蜂の巣を壊し、原田光一郎さん以外の3名は、蜂の集中攻撃をくらう。私も手、足、腰などに計5ヵ所も刺された。この日は、一日中痛かった。のちに、原田光一郎さんも別の場所で蜂に刺されて全員が蜂に刺されてしまった。これ以後、藪こぎ恐怖症になる。
10:00休憩 雨が降りだし、フライシートをかぶり一時休憩。
11:40桃太郎岩 桃太郎岩の左右の滝は、雨で増水して登れそうにないので、高巻きを考える。しかし、左岸は40〜50mのスラブになっているので高巻きできそうにない。少し下って、右岸に渡れそうなところを探す。雨で増水した川に勢いをつけて頭から飛び込み、泳いで右岸に渡る。川に頭から飛び込むのは、本当に恐ろしかった。午前中だけで、川の徒渉、釜を泳ぐのにザイルを2回も使用。釜を泳ぐのも波があって大変だ。
12:20コケシスラブ 天気は持ち直し、青空も見える。コケシスラブの手前で休憩し、中央突破に備える。コケシスラブは、まるで道路のがけ崩れ防止のために塗ってあるコンクリートのように見える。コケシスラブは、プール大の釜を泳いで、二つある滝の右岸よりの滝の横あたりに泳ぎ着く。そして滝の横のチムニーを空身で登る。次に、平たい巨石の乗り越しにかかる。ここは、原田聖久さん、鈴木、西村の順にショルダーで乗り越し、ラストの原田光一郎さんはプルージック登攀で乗り越えた。わずか100b足らずを進むのに、1時間半も使ってしまったが、どうにか中央突破に成功した。
16:00ビバーク地着 右岸の石のゴロゴロしたところにビバークする。

10月5日(水)曇のち雨
6:50起床 昨夜は寝る場所が悪くあまり寝れなかった。
8:45出発 出発と同時に高巻きの連続である。
10:40二俣 やっとの思いで、二俣到達。すぐに、左俣ヘ行くか右俣ヘ行くのか作戦会議を始める。全員一致して右俣を進むことに決まった。計画では、左俣をやる予定であったが、今までのペース、残りの日数、食料等を考えれば、左俣は不可能だという結論に達した。それより、私たちには、さらに難しい左俣ヘ進んで突入する元気など残っていなかった。
15:20ビバーク地着 ゴルジュの中に入り込んだのはいいが、前方に滝があって抜け出せなくなった。やむなく後退し、高巻きできる場所を探す。そこで雨が降ってきた。高巻きをしてもよかったが、途中でビバークも嫌なので、右岸の大岩の上にフライシートを張り、ビバークすることにした。この夜は、雨の中、焼酎をいれてバカ騒ぎをする。

10月6日(木)雨
沈澱。雨はやむ気配を見せず降り続く。家テンのフライで雨はしのげるもののフライの中は、じめじめしていて居心地は悪い。焚き火は、根性で火をつけ、焚き火は成功。フライの下は一気に暖かくなった。しかし、ラジオは電波が届かず、話の種がない。しりとり歌合戦などして、暇つぶしをする。明日は、食料、日数とも残り少ないので、雨でも強行することになった。

10月7日(金)雨
6:35起床 夜半から無情の雨。昨夜、少しだけやみかかっていたのに。朝からみんな言葉数が少ないような気がする。なんとなく暗い雰囲気である。
8:40出発 出端から、ゴルジュの高巻き。それほどつらくはないが、手にヒルがまとわりつく。途中で林道らしい場所を発見。営林用のウィンチもあった。連日の雨で沢は増水し、沢全体が滝のようになっている。太郎が2回ほど流される。
13:30花之江河沢出合 花之江河沢は、下半部は巨石のゴーロと滝が連続している。途中に、そんなの聞いてないよと言いたくなるような、大きな滝がある。支流の沢としては立派過ぎるほどの25b滝であった。その滝は、左岸を高巻く。沢をだんだん上へ詰めていくと、滝の落差が小さくなっていく。そして、傾斜の緩いナメ滝が多くなる。いつのまにか、ナメラと長石を敷き詰めた河床がいかにも屋久島らしい素晴らしいところに出てくる。流れのゆるやかになった沢をざぶざぶ水に浸かりながら歩く。花之江河は、すぐそこだと誰もが確信していた。赤テープや登山者のゴミもあった。しかし、川幅はだんだん狭くなり、強烈な藪こぎを強いられる。そして、果てしない藪こぎの末、やっと花之江河から0.3km黒味岳よりの縦走路に飛び出した。そこでであった一般登山者のおじさんは、突然藪の中から出てきて、やれ歩道だ、人間だと騒ぐ4人の男たちを見てさぞ驚いたことであろう。
16:10花之江河
17:15淀川小屋 小屋は、超満員で入れない。ラジオも聞けない。沢登り中に考えていた状況とのあまりのギャップに落胆してしまう。暗くなってから、原田聖久さん、原田光一郎さんが手を痛めた人を助けに花之江河の方へ登っていく。

10月8日(土)晴れ
4:15起床 昨夜は、なんとか小屋にもぐりこんで、土間と通路に寝ることができた。登山者が起きてきたのでやむなく起きる。
8:10出発
8:55林道終点
11:04下山 昨夜、原田さん2人が助けに行ったときに知り合いになった国分さんにタクシーを呼んでもらう。金はかかるが、タクシーで下るのは早い。
12:10宮之浦港 やっと合宿が終わったんだなという実感がわいてきた。5日連続のビバークを考えると、今晩から暖かい蒲団で寝られることがすごく幸せのように感じられる。
(西村)

感想
CL原田聖久 教育学部
 小楊子の蜂は気が立っていた。小楊子のヒルはしつこかった。小楊子の雨は腹の底まで冷やしてくれた。そして何よりも小楊子の谷はでかかった。巨石の迷路、淵、滝、つるつるのスラブ。屈曲点を越える度に、ため息が出て先行きが不安になった。それでもなんとか4人パーティで5ビバークという近年まれに見るスピードで花之江河上部に達することができた。花之江河沢の詰めの近くの平坦部には、小人が出てきそうな優しい風景が広がっていた。ここでとてもいい気分になった。これぞ沢登りをやる者の特権。一時いい気分が続いた後、また苦しい藪こぎに突入した。

SL原田光一郎 教育学部2年
とにかくでかかった。何がって?そりゃもう何もかもさ!そして長かった。

西村正也 農学部1年
 小楊子川と聞いて連想することは、長い、怖い、ヒル、蜂、雨などつらいことばかり。それだけつらい山行でした。しかし、小楊子川に行ったことは、全然後悔していません。それより、こんなに長くて、怖くて、ヒルや蜂がたくさんいて、雨がよく降る沢が、この世に存在することを知れただけでもよかったと思います。でも、また小楊子川に行きたいかと聞かれたらノーと答えるでしょう。小楊子川は超沢好きの人のための沢だと思います。

鈴木太郎 農学部1年
 バー疲れた。2回ほど海まで流れていきそうになったけど、ま、どうにかどうにか。花之江河らしきところについたときの喜び、そしてその後の藪の苦しさ。いい経験したぜ!


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