山行名 夏山定着合宿 北アルプス剣沢
入山山域 北アルプス剣岳
山行日 1996年7月28日(日)〜8月9日(金)
メンバー CL原田光一郎3 SL西村正也2 江口佐智子1 矢内英之1 貝原洋平1 天野稔1 原田聖久5

行動記録

1996年7月28日(日)晴れ 部室(12:00)―西鹿児島(13:02)―宮崎(15:40)―宮崎港発(19:00)
 朝、早めに部室に集合し、腐れきった部室の掃除をする。人手は多いが何をしてよいのかわからないうちに掃除終了。一時皆でくつろぐ。生ぬるいビールを頂く。出発の時がやってきて、見送られながら一行は西駅を、そして鹿児島をたつのであった。宮崎に着き出航まで時間があったのでとりあえずぶらつく。フェリーの中ではオリンピックのマラソン女子中継があった。私はひたすら眠ることしかできず、良くみていない。覚えていない。

7月29日(月)晴れ 大阪南港(7:30)―大阪駅(8:30)―大阪駅発(13:42)―富山(20:29)
 フェリーの中で6時に嫌々ながら目を覚ます。皆すでに起きていた。少し恥ずかしい。テレビでマラソンの結果が出ていた。有森、銅。よくがんばった。貝原はマラソンにはまっていたようだ。消灯されるまで見ていたという。大阪について店が開くのを待ち買い物をする。しかし、原田聖久は一足先に富山へ。電車で長いこと揺られ原田聖久と再開を果たしたあと富山駅で眠ることとなる。酔っ払った人とともに眠る。酔っ払いは面白い。酔っ払い万歳。

7月30日(火)晴れ 起床(5:00)―富山駅発(5:42)―室堂着(8:30)―雷鳥沢着(9:40)―剣沢着(14:00)
 起きたとき、昨夜とは別の酔っ払いがそこにはいた。何か知らんがそのお方から「まち子」と呼ばれる。君の名は「NHK大河ドラマ?」の女の人の名だろうか。酔っ払いを振りきり車内へ。出発である。しばらくすると剣が見えてきた。特徴のある山だ。いろいろ解説つきで剣を見つづけた。そんなこんなで荷を背負い。計画では一泊するはずだった雷鳥沢につく。人がたくさんいてうんざりした記憶がある。時間が早いので剣沢まで行くこととなる。重い重いと言いつつ、剣沢につく。剣が見える、すぐそこに。すげーと思ってしまった。テントをテキパキとたてている皆に感心しながら手を動かす自分。食事の準備をしていると夕立がやってきた。一同テントに入りこむ。剣は天気が一般的にいってよろしくないと聞いていたのだけど初日から降らんでも。と物悲しくなった。とにかく翌日は雪上訓練。

7月31日(水)晴れ 起床(3:00)―訓練開始(5:30)―BC(12:30)
 剣に朝がくる。朝日に包まれる剣に惚れてしまう。惚れてしまったまではよかったが自分は途中より気分が悪くなってダウン。皆の歩行やグリセードなどを見て過ごす。天野の滑落停止がきれいにきまっていた。お見事とボーッと見ていた。午後は快沈。思い思いに時を費やす人々。自分は暑いテントの中で眠っていた。(江口)

8月1日(木)晴れ 起床(2:30)―出発(4:20)―平蔵谷(5:35)―剣岳山頂(9:50)―平蔵谷(12:55)―BC(14:50)
 前日の雪訓の成果を試すときが来た。初めのうちは日もあまり照っていないせいか、雪が硬くて滑ったりするが、日が照り始めると少し柔らかくなりキックステップも効き出して滑らなくなった。平蔵谷を登りきって剣岳山頂に寄り平蔵谷を下ってBCにつく。
(矢内)

8月2日(金)晴れ 沈澱
 ダラダラ起きる。しかも自分は朝食の準備終わるころ。とにかくいろいろこの日は食べた。そして絵を書くなり、本を読むなり、寝るなり適当に過ごした。情報によると剣沢小屋では手紙が出せるということだったが今年はどういうわけか、切手もなければ手紙も出せないということだ。どういうことかわからんけどとにかく駄目やった。涙を飲む私でありました。(江口)

8月3日(土)快晴 起床(2:30)―出発(4:15)―長次郎谷出合(5:25)―X・Yのコル(7:25)―池ノ谷乗越(13:15)―下降(16:05)―長次郎谷出合(17:30)―BC(19:15)
 いつものように、星空の下、月光を浴びながら準備する。いつものところで雪渓に入る前に準備する。長次郎谷までクラストした雪渓を下る。長次郎谷をX・Yのコルまで登る。遭難碑にビールを供える。立命館大の山岳部の人たちに写真を撮ってもらいしばし話をする。うちのレーションは貧弱であった。X・Yの雪渓の横を登りY峰まで登る。右には後立山が、左には源治郎尾根が、後には北アルプスが槍のほうまで見渡せる最高の景色である。Y峰のピークから、アップザイレンの多用になる。登りは三点支持で慎重に登り、下りはアップザイレンである。左は常に切れていて真下に長次郎谷の雪渓が見える。Z峰ぐらいに来たらチンネの左稜線が見えた。八ツ峰の頭を巻き、池ノ谷ガリーを登る。ガレガレして暗くて嫌なところだった。池ノ谷乗越から長次郎谷を下降しようとするが、雪渓がズタズタで下れそうになかったので引き返し本峰まで登ることにする。途中で長次郎谷へ下れそうなところがあったので、グリセードで下る。天野や矢内もグリセードがうまくなってきて順調に下る。長次郎谷出合から剣沢BCまでの登り返し(通称通学路)は非常に辛く厳しかった。どうにか日暮れ前にBCに戻る。いつものようにビールを飲んで寝る。
(西村)

8月4日(日)曇 沈澱
 今日はお休み。そして今(18時50分ころ)、雨が混ざり始めた。横殴りである。風が強いせいか中学生か高校生の集団がはしゃいでいる。なんだか修学旅行みたいで気持ちが和むのであった。
8月5日(月)強風雨のち晴れ 起床(3:00)―出発(6:40)―仙人池(12:30)―BC(18:00)
 起きたときには風が強くろうそくの炎も揺れた。ビバーク山行の予定だったが、天気の具合を見ていて出発が大幅に遅れたため中止。真砂まで下っていった。天気は回復暑くてむしむし。仙人池は俗っぽい。

8月6日(火)晴れ 起床(3:00)―出発(5:00)―真砂岳(6:40)―富士の折立(7:20)―雄山(8:10)―真砂岳(10:00)―別山(11:00)―BC(12:30)
 立山に遠足。高知大ワンゲルの人達が縦走をやっている。キスリングが重たそうだった。日が昇ると遠くまではっきり視界が開けてはるか遠くに富士山が見えた。なるほどと思ってうなずいた。

8月7日(水)曇 起床(3:00)―出発(3:50)―平蔵谷出合(5:20)―源次郎尾根T峰(8:50)―U峰(9:50)―剣岳(11:30)―BC(16:00)
 谷のようになったガレ場や岩場を進んだ。落石しそうで嫌らしい。U峰の頂上からアップザイレン。何本ものシュリンゲが残っていた。雷鳥の親子3人組に本峰を目指しているときに出会った。そして別れた。(貝原)

8月8日(木)晴れ 起床(5:20)―出発(8:30)―長次郎谷(9:35)―取り付き(12:30)―八ツ峰Y峰Cフェース頂上(15:40)―長次郎谷(18:40)―BC(20:10)
 前日にY峰Cフェースの登攀が決定した。長次郎谷は小さい石や枯れ木が転々と存在し雪が結構溶けたことを思わせる。取り付き地点まで矢内は体力を消耗し登攀準備がもたつく。取り付きが難しかったが、結構楽に進めた。下りのとき懸垂下降地点を探すのに苦労したが、なんとか見つけて下る。長次郎谷の下りはレールが敷いてあったので、猛スピードで下って千鳥足で下ってBCにつく。取り付きからずっとガスが出ていた。(矢内)

8月9日(金)晴れ 起床(5:00)―出発(9:00)―別山乗越(9:40)―雷鳥沢(10:40)―室堂(11:05)―富山着(15:30)
 とうとう下山日になった。毎年この日だけはなんだか寂しいものだ。10日間お世話になたBCを撤収し、下山する。別山乗越まで一気に上り、雷鳥沢まで一気に下る。雷鳥沢にはまだたくさん雪が残っていて、今年は本当に雪が多かったと思う。室堂には二次定着をする原田聖久と中野の二人と大谷氏に非常によく似た人がいた。あまりによく似ていたので一緒に写真を撮ってもらい記念にする。空いたバスに乗り込み暑い暑い富山につく。(西村)


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