山行名 南アルプス全山縦走
入山山域 南アルプス
山行日 1996年8月11日(日)〜8月22日(木)
メンバー CL原田光一郎3 SL西村正也2 貝原洋平1 矢内英之1

行動記録

1996年8月11日(日)晴れ 起床(5:00)―出発(6:50)―便ヶ島小屋(8:35)―西沢渡(9:50)
 昨夜は、富山から移動後、JR平岡駅で寝る。昨日頼んでおいたタクシーで便ヶ島まで向かう。タクシー代12610円也。かなり高くついた。他に交通機関がないから仕方がない。ついていきなり小屋の親父に野ぐそをしたと言いがかりをつけられる。便ヶ島小屋はトイレを使うだけで300円、雨宿りをするだけで500円も取られるふざけた小屋だった。出発して、たった1時間で行動を切り上げる。

8月12日(月)晴れのち雨 起床(3:00)―出発(4:50)―主稜線(9:00)―聖平(10:20)
 天気は非常によい。出発してすぐ主稜線までの急登になる。荷物はかなり重い。一歩一歩慎重に高度を稼ぐ。樹林帯を抜けるとそこは主稜線で聖岳や南アルプス南部の山々が見渡せた。聖平までは、トリカブトの花畑を少し下ったところだった。レーションが少ないので2日目にして餅やホットケーキなどの予備食にも手をつけてしまった。夕方少し雨が降ったが、沢の水は涸れていてかなり下まで水を汲みにいかなければならなかった。寝る前、小屋の番人がテント場代1600円を取っていく。少し悔しかった。

8月13日(火)晴れのち曇 起床(3:00)―出発(4:50)―聖岳(7:40)―兎岳(10:00)―TS(10:40)
 高度がかなり高いので朝はかなり寒かった。今日の目標は最初の3000b峰、聖岳を越すことである。聖岳を登る途中、右に富士山が見えた。意外に近くに富士山が見えたので少し感動した。荷物がかなり重いので、最後のガレ場をゆっくりゆっくり登っていく。聖岳山頂からは、富士山、赤石岳、中央アルプス、遠くは北アルプスまで見えた。富士山を見ていたら、山頂に笠がかかったので、天気が悪くなると思ったら急にガスが出てきた。下りは急ぐ。この下りで立命館大学山歩会と抜きつ抜かれつのデットヒートとなる。我々は、百間洞まで行かず、小兎岳から少し下った所にテントを張った。

8月14日(水)雨 起床(3:30)―出発(5:40)―中盛丸山(6:40)―大沢岳(7:10)―百間洞露営地(8:10)―赤石岳(11:40)―荒川小屋(13:40)
 朝からあいにくの雨。おまけに起床係の矢内が30分寝坊する。朝から、少しやる気がない。視界約20b、雨風ともに強い。稜線では強風で体が振られる。わけのわからぬまま、赤石岳の山頂に立ち、写真を一枚撮ってすぐに下る。はっきり言って全然楽しくない一日だった。

8月15日(木)雨強し 沈澱
 台風12号が日本海を北上しているため、夜半から暴風雨。テントもバタバタ風にあおられて行動するところの話ではない。ただ台風が早く通過してくれるのを待つだけだ。昼食がないのでやたらと腹が減る。

8月16日(金)快晴のち晴れ
 起床(3:00)―出発(4:45)―前岳(6:10)―悪沢岳(7:10)―前岳(8:30)―高山裏小屋(10:40)
 台風一過の晴天で、天気は非常によい。富士山もばっちり見える。後ろに赤石岳を見ながら荒川岳を目指す。前岳で荷物をデポして悪沢岳まで往復する。風が非常に強く、寒かった。前岳に戻って荷物を片付けていたら、立命館大の人にエネルゲンの粉末ジュースをもらう。これがこの山行初のこじきであった。下りは左に大崩壊地を見てガレガレした道をダラダラ下る。高山裏小屋でテント場代を一人分だけ払う作戦にでる。こう毎日1600円ずつ取られたら破産してしまう。この作戦は成功するには成功したが、なかなか辛かった。

8月17日(土)晴れのち曇 起床(3:00)―出発(4:55)―小河内岳(8:05)―烏帽子岳(9:15)―三伏小屋(10:15)―本谷山(11:15)
 今日も天気はよい。荷物もだいぶ軽くなって、やっと速く歩けるようになった。今日から飛ばすことにする。目標としては、塩見岳を越えればいいと考えていた。前半から樹林帯をえっちらおっちら歩く。昼前にガスが出てきてこのまま塩見岳を登っても面白くないので、本谷山山頂にテントを張ることにする。山頂は広場になっていて登山者の休憩場所になっていた。他の登山者に世間話をしながら、それとなく食料を分けて欲しいといったら、たくさんの登山者に食料を分けていただいた。パン、ソーセージ、海草サラダなど、最近我々が口にした事のないものばかりだったので、飛び跳ねて喜んだ。それから、原田と西村は諏訪から来たお姉さんとチャラチャラ。夕方、別のパーティから食料を分けてもらい、久しぶりに腹いっぱい食って寝る。本谷山山頂は我らにとって天国だった。(西村)

8月18日(日)晴れ 起床(3:00)―出発(4:30)―塩見小屋(5:40)―塩見岳(7:50)―熊ノ平小屋(12:50)―農鳥小屋(18:00)
 塩見小屋の水場が遠い、遠い!しかし、うまい!うまいから許される。天気がよくてぽかぽかした中で、花畑を歩くと、なんだかとてもメルヘンチックなのだが、ウサギギクはその短い夏を終えようとしていたし、青い花はトリカブト。不思議に微妙なバランスで黄色と青のコントラスト。熊ノ平小屋は静かにかっこいい。熊ノ平小屋をすぎ、農鳥方面に向かう途中でとりあえず飯を食った。日が落ち、人影もなくなったころ我々は静かに農鳥小屋直前でテントを張ったのであった。あとニチロのおやじさんにソーセージを頂いたことは忘れられない。

8月19日(月)晴れ 起床(3:00)―出発(4:30)―西農鳥岳(6:00)―農鳥岳(6:30)―農鳥小屋(8:00)―間ノ岳(9:45)―中白根山(11:05)―北岳(12:50)―両俣小屋(17:00)
 出発し、尾根上に上がると波一つない雲海の上に蒼い富士山があった。そして白々と夜が明け始めた。西農鳥岳、農鳥岳からの眺めは、まだ夜が明けたばかりの緊張した空気の中ですべての猥雑なことを忘れさせた。間ノ岳に上る途中はゴミステルナとかノウトリとか書いた石が目立ち、しらけさせたものの、間ノ岳からの景色は実にカッコよくていかす。中白根山ではおばちゃん達に、北岳ではいかした大阪の親父達に物をもらう。うれしすぎて涙の代わりに笑いが止まらなかった。

8月20日(火)晴れ 起床(3:00)―出発(5:00)―野呂川越(6:20)―荒倉岳(8:30)―大仙丈ヶ岳(10:40)―仙丈ヶ岳(11:15)―北沢長衛小屋(15:00)
 本日の仙丈ヶ岳で3000b峰をすべて撃破。そして下りで出会った人たちの情にすがって、いろいろなたくさんの食べ物を見て、食った。八王子山岳会の人たちには、ビールにキャビア!行程中、何度もすれ違った立命館山歩会の人たちからも差し入れ。おじさん達からはなんとすごすぎる。書き記すのは控えておく。ただあまりのうれしさに卒倒しそうになったことは記す。北沢長衛小屋には各都道府県のたて看板が刺さっており、何事かと思ったら高校総体であった。明日仙丈で競技があるそうだ。ガチンコしていたらと思うとゾッとするが、総体の様子を見ていると、高校時代を思い出し懐かしくなった。いいなあと思った。限りなくシャバに近い環境(バスが通り、自販機もある)がそうさせたのかもしれない。(貝原)

8月21日(水)晴れ 起床(3:00)―出発(4:55)―仙水峠(6:07)―駒津峰(7:15)―甲斐駒ケ岳(8:05)―栗沢山(11:36)―アサヨ峰(12:30)―早川尾根小屋(13:55)
 いろんな人に食料の施しを受けたので、その分荷物が重くなった。仙水峠からではなく不動岩のあるほうから登る予定だったが、長ったらしいと聞いたので仙水峠から登る。西村のザックに水筒と各々のレーション、雨具を入れて甲斐駒ケ岳を登る。山頂に登ると昨日もらったかりんとうを早速あけて皆で食す。甲斐駒ケ岳は花崗岩の山でとてもきれいな山であった。早川尾根の道はアップダウンの多いところでとてもきつい道のりだった。早川尾根小屋でテントを張るとお金を取られそうだったので少しいった広い場所に堂々とテントを張る。夕食はかなり豪勢であった。

8月22日(木)晴れ 起床(3:00)―出発(4:55)―観音岳(8:20)―薬師岳(9:07)―南御室小屋(10:00)―夜叉神峠(13:15)
 今日で縦走が終わる。けがのないように行きたいと思いつつサクサクと進む。地蔵岳を通過し、観音岳、薬師岳に着く。鳳凰三山は白い花崗岩の山で庭園のようであった。山頂からは北岳、農鳥岳、西農鳥岳などが見え、眺めがとてもよかった。つい何日か前まではあの青く霞んで見える山を歩いていたのかと思うと感慨深いものがある。薬師岳からは下り一辺倒かつ単調でつまらなかった。アスファルトの道に着くと戻ってきたぞーと叫びたくなった。(矢内)


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