山行名 屋久島永田川神様のクボ遡行
入山山域 屋久島永田川神様のクボ
山行日 1996年7月15日(月)〜7月20日(土)
メンバー CL西村正也2 SL鈴木太郎2 澤重陽1 江口佐智子1

行動記録

1996年7月15日(月)曇 鹿児島港発(8:45)―宮之浦港着(12:30)―永田発(14:05)―ビバーク地着(16:05)
 部室で原田光一郎さんの見送りを受け、自転車で北埠頭まで行く。港で原田聖久さん、村岡さん、天野君が見送ってくれたらしいが、我々は気づかず船室で寝る。フェリーの中で、鈴木は、なぜか浮かれている。澤重は、いつも通りのマイペース。江口は、ひたすら寝る。西村は、今ひとつはじけられない。定刻通り屋久島に着く。永田で食料を買う。昨年同様、アイスを食って出発。永田林道を終点まで行く。支沢を下って本流に降りる。水量は昨年よりやや多い。途中で2回泳ぐ。鈴木は、買ったばかりのネギをなくす。この日は、左岸の河原にビバーク。寒くなく快適な夜であった。

7月16日(火)快晴のち曇一時雨 起床(5:00)―出発(7:00)―ミズトリ沢(7:40)―下トリゴエ(8:30)―上トリゴエ(9:30)― 一五郎(10:00)―シラハマ(10:50)―正八郎(14:05)―下タカヨケ(14:50)―ビバーク地着(16:45)
 最初は、順調に進む。天気もよく快適な沢登りをする。支流もきちんと確認できる。午後から江口がバテだす。たいしたことないところで転ぶ。西村は、ちょっと不安になる。シラハマ沢を過ぎたあたりで巻きに失敗し、巨石の迷路に迷い込む。やむなく沢へ引き返し、ザイルをつけて階段状の岩壁を登る。ここで2時間もロスしてしまう。リーダーは、ルートファインディングの難しさを知る。予定の上の岩屋まで行けずに、右岸の大岩の上でビバークする。隅にフライを張るためにボルトを1本打つ。ダラダラしていたので、就寝が10時過ぎになる。

7月17日(水)晴れのち雨 起床(5:20)―出発(7:00)―上タカヨケ(7:30)―障子谷(8:50)―イ谷(12:05)―上前の山(12:50)―二俣、上の岩屋(13:15)―中のクボ出合、ビバーク地着(15:15)
 一年生は、2ビバーク目で疲れがでる。西村は、やっとエンジンがかかってくる。ペースは、依然として遅い。シュリンゲで何度も一年生を引き上げる。懸垂下降も2度使用する。昼過ぎにやっと二俣に到達する。上の岩屋を見に行く。昨年、原田聖久と西村が打ったボルトはちゃんと残っていた。江口は、そのボルトにシュリンゲをかけてブランコにする。昨年、私がこのボルトを打ったときには、1年後にブランコに使われるとは想像もできなかった。二俣から右谷に入ると滝が連続する。側壁を登れる滝がほとんどで技術的に難しいところはない。滝を登るのにザイルを3度使用。ザイル操作の手際の悪さに西村は、少しイライラする。天気が悪くなったので、中のクボ出合の河原の平坦地にビバークする。その後、台風直撃というこの合宿の悲劇が始まった。

7月18日(木)雨強し 暴風雨
台風6号の屋久島上陸による激しい暴風雨のため沈澱。(後に詳しい記述)
7月19日(金)曇のち晴れ 起床(5:00)―出発(7:15)―奥のクボ出合(7:35)―神様のクボ出合(8:15)―永田岳山頂(14:05)―ローソク岩展望台(15:00)―鹿之沢小屋(15:30)
 天気は持ち直す。水量も元通りになる。一年生は、完全に疲れている。もうビバークはしたくないので、西村は朝から飛ばしていく。西村のみ、一人で張りきっている。神様のクボ出合と思われる所で念入りに地図を見る。地図で確認した後、藪へ突入する。最初はすごい藪こぎである。あまりハードな藪こぎなので入る沢を間違えたのではないかと少し不安になる。地図で何度も確認するが、間違えてないようである。1時間くらいシャクナゲのジャングルジムと、巨石に苦労しながら、頭上の窓を目指して突き進む。途中でいきなり沢が開けて、前方に永田岳のT峰とU峰の岩峰が見えるところから源流帯で快適になる。やっと初級の沢になり一安心する。天気もよくなって気分もいいのだが、江口がバテ出して遅れ気味になる。ローソク岩を右に見て、後に永田の部落を見ると、遡行も終わりに近づく。水量が非常に少なくなると、シャクナゲの藪こぎをする。水量がなくなったら、T峰の側壁に沿って、落石に気を付けながらヤクササの藪こぎをする。鹿道を辿ればT・Uのコルに着く。詰めの藪こぎは、期待していたほどでもなかった。コルからは、はっきりと踏み跡があり、すぐに永田の頂上に立てる。山頂から、永田部落、障子岳方面の眺めが素晴らしかった。鹿之沢までゆっくり歩く。鹿之沢小屋には、おじさんが一人泊まっていた。そのおじさんから昨日の暴風雨は、台風6号だと聞いてびっくりする。屋久島に上陸したと聞いて、またびっくりする。私たちは、台風を家テンのフライ一枚でやり過ごしたのだ。今度から自慢しようと思う。食い延ばし作戦は、中止する。夕食を2回とって、久しぶりに暖かい小屋で寝る。

7月20日(土)快晴のち晴れ 起床(4:00)―出発(6:30)―桃平展望台(7:25)―姥ヶ岩屋(8:40)―竹の辻(10:20)―ミズトリ沢(12:00)―林道(14:20)―永田(15:15)
 西村は、高塚尾根方面に下りたかったが、鈴木ら他3名の説得により、永田へ下山することにする。でも快晴だったので、やっぱり景色のいい高塚尾根を下りたかった。しかし、他の3名は、あからさまに嫌そうだったので、永田へ下る。朝は、ものすごく眠い。2年のみ仕事をしている。1年は、ひそかに居眠りをしているようだ。普段なら叩き起こすところだが、今日はあえて起こさない。下山日に限って素晴らしい晴天に恵まれてしまう。永田歩道は、整備されていて、昔のように、倒木に苦労せず下れるようになっていた。先日の台風で倒れた木や、枝が歩道にたくさん落ちていた。ペースは、遅かったが、それなりにいいペースで下る。林道について、ヒルがいないか、ドキドキしながら地下足袋を脱ぐ。鈴木が超特大のヒルに血を吸われていた。長さは4cmくらいある。今まで見た中で一番大きなヒルであった。永田で下山報告をして、2時間のんびりバスを待つ。(西村)

反省
台風6号通過時の経過報告
 今回の合宿で私たちは、台風の存在を知らず山に入り、7月18日の未明に鉄砲水に遭い、一時は危険な状態に陥りました。本当に事故を起こす寸前の状態でした。何か少しでも狂っていれば、私たち4人の命はなかったと思います。ここ十数年、事故を経験していない鹿児島大学山岳部は、確実に安全面で気の緩みがあると思います。そういう意味で、今回の事故寸前だった事態を重く見て原因、経過等を徹底的に検証する必要性を痛切に感じました。少しでも他の部員に読んでもらって、今の山岳部に警鐘を鳴らすことができればと思います。

7月17日(水)
6:00頃 沢の中で風が吹きだす。
西村は、悪天の前兆をつかむ。しかし、このとき、台風が接近しているとは夢にも思わなかった。
11:00頃 雨が降り出す。午後から雨が降ったりやんだり。
15:15 ビバーク地決定。
フライを張ってから、雨が強くなり、強風を伴う。
23:00頃 強烈な突風により、フライを破られる。フライに10cm四方の穴があく。
7月18日(木)
1:00頃 雨はさらに強さを増し、フライは、役に立たなくなる。所々で雨漏りし、水が溜まっている。15分おきにフライから水を落とさないとつぶされそうである。眠くても、15分おきに起きて、水を落とす。まるで、冬季のドカ雪の雪かきをしているみたいだ。
3:30 鉄砲水がビバークサイトを襲う。
一番沢に近いところに寝ていた澤重が異変に気づく。西村は、一瞬何がおきたのかわからなかったが、沢から水があふれたことを知って、「落ち着け、装備をまとめて、高いところへ逃げろ。」と指示を出す。この指示により、全員が装備を素早くザックに詰め、左岸の樹林帯へ避難する。気が動転してよく覚えていないが、避難するまでにかかった時間は、3分もなかったと思う。全員が落ち着いて、冷静に行動しパニック状態に陥らなかったのは、よかった。水は10〜20cmぐらいで人間が流されるほどではなかった。しかし、以下の装備を流される。やかん、サンダル、スプーン、ポリタン、食器。食料、登攀用具など重要な装備を流されなかったのは、幸運であった。樹林帯へ逃げた後、西村と鈴木がフライシートの回収に行く。一年生は、安全なところで待機させる。水は、増えていたがフライを無事回収する。ザックを尻に敷き、着るものを着て、フライをかぶって雨風をしのぐ。とりあえず、朝を待つ。話をしたり、レーションを食べさせたりして、みんなを落ち着かせる。その後、寝たい人は寝せる。
5:30 西村が沢の様子を偵察に行く。
一年生が明らかに疲れていたので、こんな無理な体勢での緊急ビバークは、避けたかった。ザイルを使ってでも、行けるなら行こうと考えて、沢を偵察に行く。しかし、沢を見た瞬間それが無理なことがわかる。沢は、全体が滝になり、すごい音を立てながら流れていた。遡行は、不可能だと判断する。事態は、長期戦の様相を呈する。長期戦に備えフライシートをシュリンゲ、細引き等でしっかり固定し、居住性をよくする。夕方まで激しい雨が降り続く。時々すさまじい突風を伴う。なるべく無駄な体力の消耗を避け、体力を温存させる。夕方まで4人肩を寄せ合って、ただひたすら嵐がおさまるのを待つ。
14:00頃 西村が食い延ばしを決断する。
この暴風雨が、台風によるものか、停滞前線によるものかどちらかだと考えた。もし後者なら雨が4,5日間降り続けるかもしれないと考えた。このまま4,5日間ビバークしても生きられるように、食料計画を最終下山日の3日後まで延長する。
15:00頃 新しいビバーク地を探す。
しかし、近くに適当なところは、見つからなかった。仕方なく、今まで座っていたところで、フライを張り直して狭いながらも横になって寝られるようにする。
18:00頃 夕方から雨があがる。風もなくなる。夕食をとって寝る。狭くて、傾いていて、寝心地はよくなかったが、4人肩を寄せ合って寝る。服もシュラフカバーも濡れていて、めちゃくちゃ寒い夜を過ごす。翌日には、雨も完全にあがり、沢の水量も元通りになり遡行できるようになった。

今回の合宿の問題点
1. 計画立案から準備にかけて、無理なところはなかったか。
計画は、5月ぐらいからあったと思う。しかし、メンバーが決定したのが、ちょうど1週間前だった。準備も忙しくてバタバタしていた。もう少し、余裕をもって準備を進めるべきだと思う。

2. ビバーク地の選択にミスがあった。7月17日にビバークした場所は、沢の氾濫した土砂が堆積してできた平坦地であった。リーダーは、それに気づいていながらビバークしたところに大きな問題があった。例え、そこが1年に数回しか、水が来ないところでも、今日は大丈夫と勝手に判断したのは明らかにリーダーのミスである。ビバーク地の選択は、あらゆる危険性を考慮すべきである。そして、万が一を考え、何かあった際の脱出ルートも考えておくべきである。

3. 沢が未経験の一年生を屋久島の沢へ連れていったところに問題点はなかったか。
澤重と江口は、今回の合宿が初めての沢登りであった。全くの初心者が二人もいたので遡行スピードは、遅かったし、リーダーは、一年生の実力が分からなかったのでザイル等を多用する結果となった。屋久島の沢は、2,3日の遡行日数を要し、技術的にも高いものを要求される。本城川等、近くの沢を経験させた後、屋久島の沢に入るべきだと思う。

感想
CL西村正也 農学部2年
 1996年夏のはじまりは、大変な合宿からはじまりました。本当に皆さん、お疲れ様でした。そして、残留部員、家族など関係者の皆様に大変ご迷惑をおかけしました。今回の合宿で自分の未熟さがよくわかりました。私が、今回の合宿で自己採点するとしたら、100点満点中3点ぐらいでしょうか。台風の襲来という、異常事態ではありましたが、自分のビバーク地の選択ミスによって、他の3人を一時的に危険な状態にし、そして無理な体勢でのビバークを長時間させたことに、自分の力のなさを感じました。自分でビバークする場所を選ぶときに、あの場所は大雨が降れば、水に浸かる場所だと分かっていながら、ビバークしたところにリーダーとしての判断の甘さを感じました。今は、他の3人に本当にすまないことをしたと思っています。私は、今回の合宿で初めて屋久島の濁った沢を見ました。原田さんに、屋久島の沢は雨が降っても濁らないと聞いていました。今までは、少しぐらいの大雨が降っても、濁っていませんでした。しかし、あの時見た沢は、沢全体が滝のようになり、地響きを立てながら、ゴーゴーと流れていました。私は、沢に対して、初めて恐怖心を持ちました。怒り狂った沢を見て、自分の無力さを知りました。あの時私は、山の怒りがおさまるのを待つしか、自分たちが助かる手段がないと思いました。これから、山と私たちの我慢比べがはじまると思いました。あせって動いたら負けだと思いました。私は、1週間ぐらい山と我慢比べをする覚悟はできていました。幸運にも1日でおさまってくれたときは、本当にほっとしました。今回の合宿で唯一、よかった点は、鉄砲水に襲われたときに、自分でも驚くほど冷静かつ迅速に行動することができた点です。あそこで、冷静に対処できたことが、被害を最小限に食い止めたのだと思います。そして、怪我がなく、全員で下山させることができたことは、自分でも評価できると思います。今回の合宿で、本当にいい経験をさせてもらいました。これが、この合宿で得たものだと思います。次は、楽しい沢に行きたいです。

SL鈴木太郎 農学部2年
 今回の沢は、体力、技術のなさを痛感した。とりあえず夏休みは走ろうと思ったりもした。話が変わって、今回は写真を撮った。嫌な写真がとれた。

江口佐智子 農学部1年
 今回の屋久島永田川において。疲れた、ばてた、途中台風がきた。二度と屋久島なんか来るもんかと思った。しかし、頂上に登ってみると来てよかった、また来ようと思ってしまった。今度はもう少しマシな沢登りができるようになるために少しは努力しようか。

澤重陽 水産学部1年
 初めての沢登りは、かなり困難で険しいものとなった。しかし、人生で二度と経験できない素晴らしい1週間を過ごしたことは、自分の中での自慢できることの1つとなったと思う。また、台風の中で先輩方の適切な指示や行動等、見習うこともたくさん見つけることができた。この沢登りは、自分にとってプラスになる点が、本当に多かったと思う。


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