山行名 屋久島大川遡行
入山山域 屋久島大川
山行日 1997年2月27日(木)〜3月3日(月)
メンバー L西村正也2 矢内英之1

行動記録

1997年2月27日(木)曇 鹿児島港(8:45)―宮之浦(12:30)―大川の滝(14:40)―ビバーク地着(17:10)
 バスで大川の滝まで行く。大川の滝はでかい。ここは、左岸から巻く。落差80bもある滝だが、岩棚を木を手がかりに登っていけばあっさりと巻けた。その上にも滝が2つ懸かっていて、右岸を巻く。それから先は、本当に簡単なゴーロが続く。天気が悪くなるらしいのでできるだけ平坦な所を見つけてテントを張ろうと思ったが、そんなに都合良くテント場は見つからず左岸の平坦な岩の上にビバークする。

2月28日(金)曇のち雨 起床(7:00)―出発(8:00)―上大川橋(12:00)
 いきなり寝坊する。急いで準備して出発する。空は曇っていて今にも雨が降りそうだ。出発してから延々と嫌になるほどゴーロが続く。周りは植林され屋久島らしくない景色が広がっている。沢には誰が捨てたのだろうか、弁当のごみが捨ててある。雨も降ってきて沢も単調過ぎて面白くない。ただ上流を目指して進むだけだ。単調なゴーロを行くと大川林道が交わっている。雨がひどいので遡行を中断して林道に上がって橋の上にテントを張る。

3月1日(土)雨のち晴れ 起床(5:30)―出発(7:15)―980m沢分岐(13:10)―七つ渡し(17:50)―鹿之沢小屋(18:20)
 上大川橋からは、谷が狭まり小さいゴルジュや滝が出てくる。しかし、それほど苦労しなくとも巻けるのでどんどん進む。時期が3月で水が非常に冷たい。腰まで水に浸かると寒さで体が動かなくなる。水が怖くて沢登りなんかやってられるかと思うが、水に浸かるのは嫌だ。標高980mで左に小さな支流が入ると沢もだんだん水量が減ってきて楽になる。谷は一直線に延びており、コンパスを使っても現在地がつかめない。ただシャクナゲが生えているから標高がこれくらいという漠然とした情報しかつかめず苦労する。標高1100mを越えると雪が残っていた。ここら辺りから右に何本も支流が入っている。地図で確認するが同じ方向に何本も支流が入っているので現在地がまたわからない。大川の本流を登っている自信はあるので構わず上へ行く。最後は残雪が谷を埋めて嫌らしい。日暮れ間際に七つ渡しの登山道に飛び出す。あと1kmが大川の中で一番楽しいところなのだが、時間がないのでここで遡行を打ちきることにする。残雪がびっしりついている永田歩道を鹿之沢小屋まで急ぐ。小屋でぜんざいを食べて、小屋内にテントを張って寝た。

3月2日(日)曇のち雨 沈澱
 昨日の疲れが残っているのと天気が良くないので沈澱にする。一日中、鹿之沢小屋でのんびり休ませてもらった。

3月3日(月)雪のち曇 起床(4:15)―出発(7:20)―姥ヶ岩屋(9:20)―岳の辻(10:30)―永田林道(13:20)―永田(13:50)
 夕方から降っていた雨が夜半から雪に変わる。朝、小屋の窓を開けてびっくりした。小屋の周りは一面の銀世界である。積雪は多いところで15cmくらいある。雪に対する装備は何もしていない。一度は永田岳へ向けて出発したが、30bも行かない所で引き返す。沈澱にしようかとも迷ったが、これ以上雪が積もったら身動きがとれなくなる恐れがあるので永田へ下山することにした。七つ渡しまでは我々が来た時のトレースを頼りに下る。ベタ雪でびしょ濡れになり、足も地下足袋なので冷たくてたまらない。最初はしびれていた足先の感覚が次第になくなってくる。新雪より残雪のザラメ雪のほうが厄介だ。硬いとキックステップが効かず、柔らかいと陥没して本当に始末に困る雪である。標高1000bを下回った辺りから雪がなくなり、足の感覚が戻ってくる。休憩2回で永田の部落まで駆け下った。地下足袋を脱いでみると西村の両足の親指の先には、こんもりと二つの凍傷ができていた。(西村)

反省
 雪に対する装備をほとんど何も持っていかなかった。3月上旬の山に登山靴を持っていかなかったのは、失敗だった。
 テントは、3月の沢には必需品である。今回は、雨が降ったのでテントがあって助かった。林道のど真ん中や小屋の中に張るという荒業もある。
 シュラフもこの時期の沢には必需品。氷点下まで冷え込むとシュラフなしでは眠れない。夏用の薄いシュラフでもいいから持っていきたいものである。
 地下足袋は、普通の登山道や沢では、大活躍だが雪が降れば全然使い物にならない。ほとんど素足同然だしキックステップも効かない。凍傷になるので雪の上を地下足袋で歩くのはやめましょう。3月までの屋久島には、登山靴を持っていったほうがいいと思う。(西村)

感想
L西村正也 農学部2年
 大川は、たいしたことなかったが、屋久島ではじめて雪が降ったのを見たのは驚きだった。そして登山靴を持っていかなかった私の両足の親指の先には、こんもりとU度の凍傷ができた。同じ行程を歩いた矢内の足は無事だった。私の足は、凍傷に弱いことをがわかるとともに山の上で登山靴があればと思った。雪の屋久島の主稜線がどんなものか一度見てみたかった。またチャンスがあれば積雪期の屋久島へ行ってみたくなった。

矢内英之 農学部1年
 入山前には全くトレーニングをしていなかったため体がなまって仕様がなかった。鹿之沢小屋に着いた時は腹が減ってフラフラしていた。腹が減っても動けるようにしなければならない。屋久島に残雪が残っているのは前もって知っていたが、まさか雪が降ってくるとは思わなかった。事前に登山靴、少なくともトレッキングシューズを持って来るべきだった。


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