山行名 春山合宿剣岳早月尾根
入山山域 北アルプス剣岳早月尾根
山行日 1998年3月8日(日)〜3月20日(金)
メンバー CL西村正也3 SL矢内英之2 松本俊介2 中野渉6

行動記録

1998年3月8日(日) 鹿児島―宮崎(フェリー)
 たくさんの人たちの見送りを受けて出発する。宮崎港ではOBの児島さんが見送りにきてくれた。差し入れにカツカレーとお菓子をいただいた。とてもうれしかった。あと中野氏の装備の多さにはあきれた。

3月9日(月) 大阪南港―大阪―富山
 ほぼ定刻に大阪南港につき、大阪で買い物をしてJRでいざ北陸へ。富山についたら懐かしい気分になった。今年、3回も富山に来たことになる。ますのすし、ハンバーガー、お好み焼きと入山前に栄養を蓄えるべく食べ物を食いまくる。今日は松本の20歳の誕生日だった。おめでとう。

3月10日(火)晴れ 富山(5:56)―上市(6:18)―伊折(7:45)―馬場島(11:45)―松尾平(13:50)
 上市について出発準備をしていたら、矢内の手荷物の中から差し入れのエロ本を発見。大爆笑する。そして矢内は悔しがる。誰が入れたのだろうか。なかなかいいものを差し入れてくれた。今年は雪が非常に少ないとのこと。1月以降、平野部で積もるような雪が降ってないらしい。タクシーは伊折の部落まで入った。ここから4時間、車道を歩く。重荷でかなり疲れて馬場島に着いた。馬場島で入山届をする。福岡大が昨日からうちとほぼ同じ行程で入山しているとのことだった。松尾平の奥ノ院にいる福岡大に追いつきたかったが、途中で疲れて松尾平の中ほどにテントを張る。

3月11日(水)快晴のち曇り 起床(4:05)―出発(6:20)―C2着(1650b地点)(10:10)―C2発(10:40)―C1着(松尾平)(11:40)―C1発(12:00)―C2着(15:50)
 今日は天気がよく、1900bまで荷揚げする予定だったが、1630bにテントを張って矢内をテントに残して、他の3名で松尾平に荷物を取りに行く。下りは新雪を滑るように下ると楽だったが、登り返しがきつかった。みんなバテバテになってやっとの思いでC2につく。

3月12日(木)雨のち雪 出発(11:00)―デポ(1800b)―C2着(12:30)
 朝から土砂降りの雨。沈澱にしようかと思ったが、少しでも早く荷物を上に上げたかったので、晴れ間をついてデポに出た。雪が雨でドロドロに腐って歩きづらい。時々ゴジラ落としにはまる。どうやら擬似好天にだまされたようで、急に雨が降ってきた。急いで荷物をデポしてテントに逃げ帰った。夕方に雨が雪に変わって、テントをつぶそうとした。除雪してもそれに負けじと雪が降る。やはり剣岳の雪は違う。

3月13日(金)快晴のち曇 起床(4:00)―出発(6:40)―早月小屋着(9:50)―早月小屋発(10:30)―デポ回収(11:05)―早月小屋着(12:30)
 昨日の天気と打って変わって快晴だ。福岡大のトレースまでワカンでラッセルするが、膝まででそれほどきつくない。早月小屋手前で福岡大に追いついた。すばやくテントを設営して、松本を残して他3名で荷物を取りに下った。今日は楽にダブルボッカできた。午後から急に天候が悪化して吹雪になった。

3月14日(土)曇時々地吹雪 風強し 沈澱
 風が強く天気も悪いので沈澱とする。予報では翌日から冬型が強まるとの見通しで、かなりの足止めを食いそうである。テント内では、エロ本が大活躍。やることもなく読書などして一日過ごす。

3月15日(日)雪強し 沈澱(雪洞作り)
 朝から雪が降る。風が強くないので、暇つぶしに雪洞でも掘ろうということになる。しかし、暇つぶしにしては重労働過ぎた。なだらかな斜面に入り口の広い、そして居住性のよい広い雪洞を作ったものだから、6時間ものバカみたいに長い時間をかけてしまった。ドカ雪でテントの撤収にも時間がかかってしまった。

3月16日(月)晴れのち雪 起床(5:20)―出発(7:30)―2500b地点(11:10)―早月小屋BC(雪洞)(11:45)
 昨日、雪洞を作るのに時間をかけすぎて、寝坊してしまう。アタックは無理なので上部の偵察に松本を除く3名で出かける。新雪が1b近く積もったので、すさまじいラッセルとなった。福岡大5名と鹿児島大3名の計8名で交代で胸までのラッセルをした。昨日は富山の町でも雪が積もったようで町のほうも銀色に輝いている。天気が悪くなるようだったので2600b峰の急な登りの手前まで偵察して帰った。福岡大は2600bにテントをあげた。早月小屋周辺はうちのパーティだけになった。午後から天気が悪くなって雪が降る。

3月17日(火)雪 沈澱
 雪がしんしんと降り積もる。雪洞の出入り口もほとんど埋まった。出入り口にトイレを作ったので外に出る煩わしさはない。しかし、雪洞は寒くてみんなに不評だった。飯を食うのと寝ること以外やることがない。天気図では明日、日本海に強い寒気が入ってくる。天候回復への期待が高まる。

3月18日(水)快晴 風強し 沈澱
 朝、雪で埋まりかけた雪洞から顔を出すと目も開けていられないほどの地吹雪だった。しかし上を見ると星がきれいに輝いている。とりあえず飯を食って風がやむのを待つ。だが、風は収まらず、今日も雪洞内で沈澱する。雪洞の出入り口は完全に雪で埋められて雪洞内は暗い。高気圧が去れば再び低気圧が接近するので、もうチャンスは明日しかない。もう食料も限りが見えてきた。明日、駄目だったら剣岳登頂は断念するということで全員の合意を得る。

3月19日(木)晴れ 起床(3:10)―出発(4:50)―2600b峰(7:15)―獅子頭(11:30)―剣岳山頂着(12:35)―剣岳山頂発(12:45)―早月小屋BC(16:55)
 雪洞から顔を出して空を見上げると、おぼろ月夜。風も弱い。アタックできると見て勝負をかける。ヘッドランプで足元を照らしながら出発する。昨日の強風で新雪が飛ばされてほとんどラッセルしなくてよい。途中、真っ白な雷鳥を見た。2600b峰の手前に100bフィックスロープが残置されていたので遠慮なく使った。2600bピークには福岡大のテントが張ってあった。烏帽子岩は、巻いて、その先のピークを登るのに2回ザイルを使用した。その先も急な斜面なので2ピッチザイルを使用する。このあたりでザイルを使うのにやたらに手間取って時間がかかってしまった。獅子頭まではぜんぜん難しくなく、順調に進んだ。獅子頭のところで下ってくる福岡大と北方稜線から下山する上智大とすれ違った。獅子頭は池ノ谷側を巻くように1ピッチアンザイレンして越える。カニのハサミヘのやせた尾根から鞍部への下りもザイルを張った。東大谷側のルンゼもザイルを出した。ようやく剣岳山頂に辿りついた。かなり時間的に遅かったのでゆっくりする暇もなく、写真だけ撮ってすぐに下山する。下山するころには南風が強くなっていて突風が吹いてきた。東大谷側のルンゼと獅子頭の下りはアプザイレンして下る。部分的にザイルを出したり、残置フィックスを使って下山した。下山の際にもザイルを出すと手際が悪くて非常にイライラした。でもどうにか天気のよいうちに早月小屋の雪洞に帰ることができた。帰りついたのは、馬場島との交信前ギリギリの16時55分であった。

3月20日(金)雨 風強し 起床(7:20)―出発(9:15)―馬場島着(13:20)―馬場島発(14:00)―伊折(15:10)
 前線に向かって南から暖かい空気がどんどん入りこんでいるため、南風が非常に強い。出発前に雪洞の外へ出てみると小屋からわずか数百bのところで2ヵ所、表層雪崩が起きていた。1900bまでは時折、池ノ谷に引きずり込もうとする強烈な突風に注意を払いながら下っていく。1900bから下は、今度は雨が強くなってみんな濡れネズミになりながら下った。馬場島で下山報告をして伊折のゲートまで除雪された車道を急ぎ足で下った。ずぶ濡れですみませんといいながらタクシーで上市まで行った。そして、長かった僕らの春山は無事に大成功のうちに終わったのであった。(西村)


感想
CL西村正也 農学部3年
 今回は執念で積雪期の剣岳登頂を成し遂げることができました。秋から偵察を行い、長い間、準備やトレーニングをやってきたので、今回は意地でも登ってやろうと思っていました。早月小屋に着いてから実質5日間連続で沈澱生活を強いられたので、かなり精神的に参りそうでした。剣岳の天気が悪いことは入山前からわかりきっていることなので、天気がよくなるまでじっと我慢するしかありませんでした。そして食料も限りの見えてきた3月19日、たった1日の晴天を逃さずに登頂することができました。11日間という我々にとっては途轍もなく長い山行でしたが、こうして4人とも無事に合宿を終えられたことを幸せに思います。

SL矢内英之 農学部2年
 秋の偵察で登れなかったので、何日も沈澱して登った甲斐があった。沈澱の日は寝てばかりいて体がなまって退屈であったが、粋な差し入れ(本)のおかげで少しは紛らわすことができた。アタックの日は時間も日数もなくあせった。かつ、自分で持っていくといった旗がザックにさせなかったので手で持っていったが非常に邪魔だった。烏帽子岩にできた雪庇の上の雷鳥が印象的だった。カメラを持ってきてたのに撮る余裕がなかった。剣岳の頂上でカメラを忘れたと思ってサブザックの中にカメラを見つけたときは愕然とした。沈澱の日は某N氏にいじめられっぱなしだった。某M氏の話題には高貴な自分はついて行けなかった。某N氏の装備の多さには閉口した。ともかく長く楽しい山行だった。

松本俊介 農学部2年
 結果的には登頂できたが、ザイルワークも勉強不足、下手、とろくて自分の力で登った気がしなかった。体調も崩してしまい、みそくそであった。経験が増したとして自信を持つべきか、しかし、自信、やる気ともなくしてしまったのも確かである。リーダーをはじめメンバーには学ばせてもらいました。

中野渉 工学部4年
 今回は早月尾根ということでこれまでにない不安みたいなものがあったが、なんとか全員帰って来れたので満足している。自分としては今回の山行で反省しなければならないこと、問題点などが多く今後の課題といえる。


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