山行名 屋久島瀬切川遡行
入山山域 屋久島瀬切川
山行日 1997年7月19日(土)〜7月22日(火)
メンバー CL西村正也3 SL東昭宏1 黒田直子1

行動記録

1997年7月19日(土)曇 部室発(7:00)―鹿児島港(8:45)―宮之浦港(12:30)―大川の滝(15:00)―ビバーク地着(18:30)
 大谷さんの屋久島踊りの見送りを受けて出発する。連休で人が多い。甲板で寝る。屋久島に着くやいなや黒田さんのデポ荷物を置きにウィルソン株の模型までダッシュ。どうにかバスに間に合う。大川の滝までバスで行く。行きがけに瀬切川はヒルが多いと脅された。大川の滝から入渓地点まで一時間の林道歩きをする。海がとってもきれいだ。この季節に屋久島の海を見ると泳ぎたくてたまらない。しかし、今回は山が目的だから、渋々山のほうへ足を進める。瀬切川は予想以上に水量が多い。最初の徒渉で黒田さんだけ泳ぐ。それから徒渉に苦労しながら2時間進んで、滝の横の右岸の樹林の中でビバークする。ささやかながら黒田さんの誕生日と初ビバークを祝う。

7月20日(日)晴れ 起床(5:10)―出発(7:00)―瀬切滝(10:05)―ビバーク地着(18:00)
 出発から高巻きの連続。沢登りをしているのか藪こぎをしているのかわからない。そして行き詰まって沢まで15b藪の中を懸垂下降する。その先もゴルジュで泳いだりしていけるところまで行くが、前に滝があるところで行き詰まって少し戻って今度は左岸を大高巻きする。ゴルジュの右に大きく屈曲しているところで先回りをして尾根を越す。再び沢に懸垂下降で下りると前方に滝の水飛沫が見える。どんな滝かドキドキする。この滝が瀬切滝で、瀬切滝は凄い水量と落差で圧倒的だった。50b以上離れた所まで飛沫が飛んでくる。しばし滝に見とれたあと、少し戻って右岸を巻く。途中で杉の大木の上を渡ったところで頭を岩壁に押さえられてザイルを出してこれを越える。西村がリードしてハーケン2本を使って岩場と草付き凹角を越える。支点も足場も悪くてとても怖かった。結局、2時間以上も費やして瀬切滝を越える。その後もしばらく右岸を巻くと右手に皆殺しの無残な伐採地が見えて沢も簡単なゴーロになる。2時間ほど進むと再びゴルジュに阻まれる。はじめは泳ぎやショルダーで乗り越せるが、途中で突破不可能なゴルジュが出てくる。あまりにも凄いゴルジュなので、あきれてみんなで笑ってしまった。ここは左岸を巻いて沢に降り立つが、前方に滝があって今度は右岸を巻く。その先に大きな滝があって、その滝に虹がかかっていてとてもきれいだった。この滝を巻いてしばらく行ったところで右岸の岩棚のようなところにビバークする。焚き火をしてあったまって寝る。寝る前に西村が「ヒェー!」と奇声をあげる。巨大なヒルが血をパンパンに吸って足元を這っていた。気持ち悪いのと精神的ショックと悔しさで寝つけなかった。

7月21日(月)晴れのち曇 起床(5:15)―出発(7:50)―平瀬(11:30)―二俣(標高830b分岐)(12:20)―沢分岐(標高880b分岐)―永田歩道(岳ノ辻付近)(17:05)―姥ヶ岩屋(17:50)
 今日も朝一番から高巻き。昨日から高巻きばかりだ。沢登りをやっている感じは全然ない。下にまたも凄いゴルジュに滝がかかっていてその上を右岸から高巻く。沢に降り立って久しぶりに沢伝いに進む。泳いだり岩を乗り越えたりする。途中で黒田さんが側壁トラバースで足を滑らせて沢に落ちたりして大変なこともあったが、やっと最後の難所の地図に示してあるゴルジュに達する。ここは左岸を大高巻きする。ちびりそうになるくらい高度感があるトラバースをして、下に沢を見ると見事な滝が連続していて素晴らしい。沢に降り立つと、そこにはナメラの河床が広がっていた。ここで休んで滝を2つ巻いたら平瀬に達して沢は平凡でどうでもいい沢に変わる。だらだらとゴーロが続く。2つ目の分岐で岳ノ辻へ上がる沢に入る。ここで突然のにわか雨。屋久島らしい土砂降りの雨だ。黒田さんはもうバテバテだったが、根性で進む。沢は全然難しいところはなく、ただ巨大な屋久杉の倒木の乗り越しに苦労する。やっとの思いで永田歩道に飛び出す。あとはふらふらになりながら姥ヶ岩屋に辿りつく。姥ヶ岩屋は広くて快適だったが、風が通るのでかなり寒かった。3人でツェルトに包まって寝る。

7月22日(火)晴れ 起床(4:50)―出発(6:10)―岳ノ辻(7:10)―林道(10:10)―永田バス停(10:54)
 疲れていて寝坊してしまう。下山日に限って天気がとてもよい。こんな日に下山して灼熱の鹿児島に戻らなければならないのが、悔しくてたまらない。黒田さんに「今日みたいな天気の日に稜線を歩いたら気持ちがいいでしょうね。」と思いきり皮肉を言われる。草刈の実習をやるために急いで下っている自分が虚しくてならなかった。何はともあれ、昼のフェリーの接続するバスに間に合うため急ぐ。しかし、黒田さんのペースが落ちてくる。早く下山したくてイライラしながらもケガでもしたら大変だし急かさないようにする。林道でちょっと急いでもらってバス停にバスがいるのを確認して少し安心したら、あと50bもないところでバスが行ってしまった。あまりの絶望感に全身の力が抜けてしまった。これから小楊子川をやる東君と永田で別れ、気をとりなおして黒田さんと2人で宮之浦までヒッチハイクする。運良く4台目でつかまった。それがなんと黒田さんの知り合いの永田の灯台守の人だった。屋久島に残る黒田さんと宮之浦で別れ、一人で鹿児島に帰る。寂しく一人でビールを飲みながら短いようで長かった4日間を振り返った。(西村)


感想
西村正也 農学部3年
 今回の瀬切川で宮之浦川、瀬切川、小楊子川の屋久島の難しいといわれている3つの沢をすべて遡行することができた。瀬切川は、他の二つの沢と比べると短いのだが、下半部に滝やゴルジュが連続していた。下半部は宮之浦川に負けないくらいの険しいゴルジュが連続していて高巻きばかりなのだが、突然平瀬から沢が開けて今までの嫌らしさが嘘のようにやさしい沢になるのが面白かった。今回は屋久島慣れしてしまって直前まで全然士気が上がらなかったのだが、直前に井上さんが急に行けなくなって自分にかかる負担が増えてからやっとやる気が出てきた。行く前は難しい岩登りは井上さんに任せようと甘えた気持ちでいたので、自分がトップで岩登りをやる羽目になるとは思ってもみなかった。しかし、実際にやってみると気合でどうにかなった。やればできるものだと思った。今回の合宿で東君の火付けのうまさに感心し、黒田さんのどんなに辛くても弱音を吐かない根性にも感心した。瀬切川の険しいゴルジュにも驚かされた。屋久島の沢はだいたい行ったと思って達成感に浸ろうと思ったらまだまだ学ぶことが多いと感じた。たった4日間の合宿ではあったが3人にとって印象深い合宿ができて本当によかったと思う。

東昭宏 教育学部3年
 最初、日程が短いので少しなめてかかっていた。でも瀬切川は恐ろしく迫力があった。完全に沢にのまれてずっと怖かった。でもそれがよかったような気がする。沢の中に鹿が死んでいた。怖かった。次は鹿をとりたい。やー!

黒田直子 歯学部1年
 経験不足。ほとんどぶっつけ本番の沢登り。バスを降りたころから不安増大し、弱気になる。「足を引っ張ってしまうのでは。」「私だけ引き返したほうがいいかも。」などとつらつら思い煩う。しかしそんな思いは入渓2時間後のビバーク準備をするころにはサッパリどこかに吹き飛んでいた。思いのほか簡単だったからではない。戻ろうったってどうにも引き返せないことが2時間の間によくわかったからである。
 こうして無事登りきる以外に帰る術はないと悟った私は弱気を捨て、滑る、転ぶ、落ちる、流される、とさまざまな目にあいつつもつつがなく下山させていただいた。西村さん、東君、本当にお世話になりました。その節は大変ご心配をおかけしました。まったく我ながら驚くばかりの流されっぷりでした。(転びっぷりも)
 実際のところ今回の私はまさにおミソ状態で、他の二人の気苦労には並々ならぬものがあったと思う。滑ってこけるたびに後で西村さんがヒヤッとする気配が伝わってき、急流を渡るときなど東君が下流側に回りこんでいてくれるのが視界の端に入ってきたりした。ベテランの貫禄、という感じである。
 今回はただひたすら「模範的な初心者」を目指し、「動けなくなるようなけがだけはしませんように」と朝晩念じていた私であるが、経験を積んで「連れて行ってもらった」ではなく「行ってきた」と、さらには「連れてった」といえるようないっぱしになりたいと強く感じさせられた遡行であった。
 最後になるが、瀬切川の景観はとても素晴らしかった。大滝は無論のこと、登る毎に現れる滝やゴルジュの数々、おりよくかかっていた虹、平瀬付近の原生林、倒木を覆う苔などなど風景に目を奪われてズッコケそうになるほどの美しさであった。他の沢を知らない私が言うのもなんではあるが、機会があったらぜひ行ってみて、と心から勧められる。
 私ももっともっと上手くなっていつかまた行きたい。そのときには「行ってきたぜ!」と胸を張って言えますように。


TOP