山行名 槍・穂高連峰縦走
入山山域 北アルプス槍・穂高連峰
山行日 1998年7月12日〜7月18日(土)
メンバー L江口佐智子3 大崎美穂

行動記録

1998年7月12日〜13日
 移動。皆になぜか見送られ出発。鹿児島北ICよりヒッチハイカーとなる。鹿児島→福岡→愛知→岐阜(高山)

7月14日(火)晴れ 起床(5:50)―高山駅前ターミナル(7:30)―新穂高温泉(9:04)―白出沢(11:57)―槍平小屋(14:30)
 新穂高温泉より入山。林道を1時間ほど歩く。けだるいが、木漏れ日の中を進むのは楽しい。夏を感じる。岩のごろごろした道を進む。途中涸れ沢を3本ほど渡り、槍平小屋のテント場着。快適。鳥の鳴き声がうれしい。

7月15日(水)晴れ 起床(3:00)―出発(4:55)―飛騨乗越(8:20)―槍ヶ岳(9:30)―大喰岳(11:35)―南岳小屋(14:15)
 シラカンバ?の樹林帯を抜け、ササ群落から、ハイマツ、高山植物の世界へ。植生の移り変わりを見る。2500m付近が境らしい。雪渓もありました。槍を見上げながら登る。槍岳山荘に荷を置き、鎖とはしごと岩登りをして登頂。見晴らしがよく、剣岳も見えた。槍岳山荘でお茶をご馳走になり、南岳のテント場へ。槍に登る大崎をみて、大キレット越えに不安を感じる。

7月16日(木)雨 起床(3:00)―出発(8:30)―北穂高山荘(小屋泊まり)(15:30)
 起きるが雨。出発を見合わせる。雨が弱まってから小屋の人に話を聞くと、翌日も雨で風が強くなるらしく、今がよい機会だといわれ(見通しは雨のわりに良好)出発。大キレットには初対面だったので、自分でも肝を冷やす個所がいくつかあった。また、飛騨泣きと呼ばれるであろうところでは、岩も濡れていたため泣きが入りそうであった。また大崎どんを見ていても肝が冷えた。その分、北穂高岳についたときは二人でかなり盛り上がった。生きている幸せをかみしめたとき。

7月17日(金)ガス風強し 起床(5:20)―出発(7:00)―涸沢岳(10:15)―穂高山荘(10:40)
 ペースがやや遅い。昨日の緊張での疲れか。予定していた行程が短かったので、特に支障はなし。ただ、信州側の風が冷たくやや寒かった。山荘に泊まるわけではないが、ロビー(?)でくつろぐ。友人の姉がそこでバイトをしていて受付で会う。友人とそっくりで笑えた。

7月18日(土) 起床(3:00)―出発(5:20)―奥穂高岳(6:00)―前穂高岳(8:00)―岳沢(10:44)―上高地(12:40)
 外のざわめきで目が覚める。涸沢は、小屋などの明かりが、空は星がきらめいて美しい。そのうち、東の空(雲)が明るくなり、一気に登る太陽を拝む。ゆっくり準備して出発。おばちゃんたちにハシゴで待たされつつ、奥穂高岳へ。昨日とうってかわって晴れで、富士山が見えた。他の山も見えたが、名前がわからず。いいペースで前穂につく。いよいよ下山ムード。岳沢を一気に下る。それにしても高低差が大きい。すれ違う人々は無口だった。上高地では梓川の美しさに驚く。富山県民をうらやむ。そこからは、前穂で逆ナンパした診療所のお兄さんに車で松本まで送ってもらい、下山した。(江口)


反省

  • 憧れの山だったので、なんとかパートナーをみつけていったが、経験からして大胆なことをした。(気がする。)
  • 思ったよりも夜寒かった。大崎殿に、寒さのしのぎ方の知識を与えきれていなかった。(江口はよく眠れた。)
  • 日数にあまり余裕がなかったため、雨の日に大キレットを越えなければならなかった。(できれば避けたかったのだが。)
  • 体がけだるさになれて疲れをあまり感じない体になった。


感想 江口佐智子 農学部3年
学ぶことが多かった。とてもよかった。


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