山行名 屋久島縦走
入山山域 屋久島 淀川〜宮之浦岳〜楠川
山行日 1998年8月30日(日)〜9月2日(水)
メンバー L西村正也4 樗木直也(農学部助手)

行動記録

 私の卒論担当の樗木先生を屋久島に連れていく約束をしていたので、一般的なルートを案内することにした。この山行の約束をしたのは私が学科に進んで初めてのコンパのときであるから2年も前のことになる。酒の席での軽い口約束が2年後にこうして実現するとは思わなかった。
 今回は天気もよく、屋久島のよさを満喫できたと思う。私個人としてもヤマメが釣れたのでうれしかった。まだまだ通過点の通算15回目の屋久島だった。

1998年8月30日(日)曇 鹿児島港(8:45)―宮之浦港(12:30)―安房(13:30)―淀川林道終点(14:20)―淀川小屋(15:05)
 フェリーの定位置で眠ること4時間で宮之浦港につく。安房までバスで向かい、そこからタクシーを他の登山者2人と相乗りして終点まで行く。タクシーで山奥まで入るのは少し抵抗を感じるが今回は道案内できているので仕方がない。交通費は先生持ちだったのでお金の心配はなかった。淀川小屋までわずか40分だった。淀川で泳いだ。淀川のつり橋の上で東京のおじさんと長話をした。北海道の山にすごく興味を持った。

8月31日(月)曇時々晴れ 起床(4:00)―出発(5:40)―花之江河(7:20)―宮之浦岳(9:20)―永田岳(10:20)―新高塚小屋(14:15)
 朝4時に起きたが、まだ夜が明けないので明るくなるまで待つ。いつのまにか日が短くなったなあと思う。眺めのいいところと花之江河では休憩をとってゆっくり歩いた。天気も結構よくて永田岳の山容が素晴らしい。休み休み歩いたがあっけなく宮之浦岳山頂に到着。あまりにあっけなく山頂に着いてしまったので永田岳にも足を延ばしてみる。永田岳山頂の露岩から見る景色はいつも新鮮で私は屋久島でここが一番好きだ。新高塚小屋までは鹿や猿が出迎えてくれた。小屋の前にて「一雨きそうですね」と話していたら案の定、にわか雨が降り出した。先生が「さすが西村君の天気予想は当たるね」というので、私が「だてに山で留年してませんよ」と言ったら苦笑していた。小屋で先生といろいろな話をした。研究の話、将来の話、結婚の話、福岡の話などいろんな話をした。

9月1日(火)晴れのち曇 起床(5:10)―出発(6:10)―縄文杉(7:20)―ウィルソン株(9:40)―楠川分岐(11:00)―釣り終了(15:00)―白谷山荘(16:00)
 晩はやたらと暑くて寝苦しくほとんど眠れなかった。縄文杉など寝ぼけていてほとんど覚えていない。縄文杉から登山者が急に増える。平日なのに家族連れや高校生風の若者もいた。自分のことは棚に上げて「高校生は今日は学校やろうが」と一人で文句を言いながら歩いた。文句を言いたくなるほど人が多かった。楠川の分岐点に着いたらお楽しみのヤマメ釣りに興じる。えさのミミズがなくて苦労したが、さすが肥料学の研究者だけあって先生がミミズを探してきてくれた。ヤマメは2尾しか釣れなかった。ヤマメは警戒心が強くイワナのようにはいかないようである。先生をそっちのけで釣りに没頭する。4時間も粘ったがその後はまったくあたりがなかった。ヤマメは炊き込み御飯に入れて食べたらおいしかった。この夜は長崎の旅人を交えて語り合った。

9月2日(水)曇 起床(5:00)―出発(6:10)―楠川(9:00)
 楠川まで3時間の道のり。快調に下っていった。楠川の休憩所でバスを待っていたらおじさんが宮之浦まで乗せていってくれた。先生は奥さんの事をしきりに心配して家に電話をかけていた。所帯持ちは大変なんだなあとなんとなくそう思った。(西村)

感想 西村正也 農学部4年
 2年前の軽い口約束で屋久島を案内することになった。交通費はすべて先生に持ってもらって屋久島へ行けたので願ったりかなったりだった。天気もよくて、先生も事前に市房山や霧島で足慣らしをしていたということで何もかも順調に言った。行動後は勉強の話や就職、将来の話などいろんな話ができたし、面白い人にたくさん出会えたのでよかった。
 今回の屋久島の目玉はヤマメ釣りだった。かなりがんばったが2尾しか釣れなかった。やはりヤマメは難しい。渓流釣りは難しい反面、釣れたときの感動はすごく大きい。そして釣れた魚はさらにおいしい。このヤマメ釣りで完全に渓流釣りの虜になってしまった。またヤマメが釣りたい。


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