北アルプス白馬岳双子尾根
CL矢内英之4 SL香川浩士2 久保耕太郎1 西村正也5

12月24日(金) 
鹿児島発(19:00)−大阪梅田行き高速バス
 午前中、やっと装備の準備が終わり出発まで部室でゴソゴソする。心の準備はまだできていない。19時、大阪に向けバスで出発。部員の皆さんに盛大に見送られる。気合の入った見送りが嬉しかった。今日はクリスマスイヴなんだよーん。(男だらけの)
12月25日(土) 
大阪着(6:30)−名古屋(9:35)−中津川(12:20)−白馬駅(20:30)
 バスで思ったよりも寝れた。大阪駅の人ごみの中、差し入れのケーキを食べる。変な人たちであっただろう。白馬駅に着くと雪がふわふわと舞っている。ワクワクしてきたぜ。
12月26日(日) 雪 
起床(4:40)−白馬駅発(6:50)−二股(7:10)−出発(7:40)−C1着(1240m付近)(13:00)−就寝(19:10)
 二股までタクシーで行く。着くとこんな所行けるのか?と思ってしまった。初めての冬山の始まり始まりー。…地獄。第1ピッチ目で死んだ。帰りてー。雪の上を転げまわり、ヤッケがびしょびしょ。初めてラッセルをしてみて体力馬力が必要だなあと思った。テント場に着き休憩できると思ったら、水作りをし、飯を食って寝る。僕は、ドリフ級のいびきをかいたらしく次の朝、文句を言われた。スマン。疲れたんだよー。(久保)
12月27日(月) 快晴 
起床(3:50)−出発(6:30)−1508mピークのコル(10:10)−C2(1650m地点)(11:00)−C2発(11:45)−デポ回収(12:30)−C2着(14:20)−C2発(14:40)−デポ(1690m地点)−C2着(15:30)
 今日、半月と星空、そしてモルゲンロートに染まる山々を望み、快調なスタート。昨日、デポしているので幾分楽だ。ラッセルはしんどいが、充実感がある。1600mにきてテント設営。香川、西村、久保でデポを取りに行く。矢内さんは一人残って、水作りから竹ペグ埋め、皆のシュラフ干しなどをやる。ご苦労様です。
 その後、少しでも前進したいし、また明日もダブルボッカということで、行ける所まで行く。
12月28日(火) 快晴のち曇り 
起床(3:40)−出発(6:00)−小日向山(9:30)−C3(小日向のコル)(10:20)−C3発(11:05)−デポ回収(12:30)−C3着(14:40)−雪訓(15:00〜15:45)
 今日はダブルボッカだ。荷が軽くなった分、C3着は早くなる。小日向山まで来ると双子尾根の全貌が目の前に。思っていたよりもすごい傾斜で、前途の困難さを予想させる。
 この後、香川、矢内、久保でデポを取りに帰る。帰ってきたら明日からの行程備えて雪訓をやる。そしてその後、テントの周りに防風ブロックを作る。
12月29日(水) 雪のち晴れ 
起床(6:00)−出発(8:10)−樺AC(12:10)
 4時に起きると風が強く、雪も舞っているので天候の回復を待ち、再び寝る。今日はフルボッカであるので挑戦ボッカで進む。二番手が一番きつい。テント場よりコブを超えるとナイフリッジとなる。両方向すっぱりと切れ落ち、いずれに落ちてもさようなら。樺平までずっとナイフリッジ。雪屁は右に出たり左に出たりしているが小さい。各分岐に旗を立てていく。一部急登があるがここは硬い雪面に新雪が乗っかったようでワカンのキックステップは難儀した。樺平への下りは丸い気色の悪い尾根を5分も下ると着いた。大きな守り神のような木のそばにテントを張った。杓子沢からの風が強くブロックを積む。4日目にしてAC入り。
12月30日(木) 雪のち晴れ 
起床(5:15)−出発(7:30)−JP(11:10)−JP発(11:30)−AC着(13:30)
 今日も風が強く天気待ちをしてその後出発。かすかなトレースがある。あまりはっきりしない尾根を登り奥双子直下でトラバースしてコルに出る。後から社会人がきた。途中、香川がピッケルを指したら雪面にヒビが入り焦った模様。シュルントも2ヶ所ほどあり、気色悪く感じた。標高2400mには2ヶ所ほど岩場があり一つ目は右を巻き、二つ目は直登した。ここはアンザイレンしたが、はじめの岩場はザイルなしでも登れる。支点作成にあたって雪面が陥没し再び焦る。ここから名古屋の社会人が先を行く。JPまでは再び単調な雪稜登りとなる。JPより偵察を終えたものとして帰路に着く。問題の岩場は、ザイルを出してほぼ垂直の雪面を右から巻くようにクライムダウン。ラストは勇気で下る。懸垂支点があったがあの木にどうやって取り付くのか?ACについたあと、スノープルーフやハンマー、スノーバーにて支点を作成し引っ張ったりして強度を確認。支点一つだと怖いくらいに弱い。2つで取りましょう。(矢内)
12月31日(金) 快晴 
起床(3:00)−出発(4:30)−岩場取り付き(5:30)−岩場終了点(6:10)−JP(6:50)−杓子岳山頂(7:45)−白馬頂上山荘(9:15)−白馬岳山頂(9:30)−白馬頂上山荘発(10:10)−杓子岳山頂(11:30)−AC(13:35)
無風快晴。アタックには最高の条件である。ヘッドランプをつけて出発する。満点の星空のもとで行動をする。休憩中、流星がたくさん見えた。まだ暗い中、核心の岩場に到達する。月明かりでヘッドランプがなくても見えるぐらいだったので、日の出を待たずに岩場を登ることにする。前日に一度登っているだけあって今日は極めて順調に進んだ。JPより1000年代最後の日の出を見る。浅間山の真横から顔を出した朝日に久しぶり感動した。JPからしばらく行くと最後の急登があるが、先行パーティのトレースがきちんとつけてあり階段登りのようだった。杓子岳にはあっさり着いた。予想通り風が強い。杓子岳山頂では休まず、一気に白馬岳を目指す。近くに見えた白馬岳も意外と長く感じられた。山頂からの眺めは最高だった。特に剱岳は、今まで見た中で一番ピラミダルな山容をしていた。下りは、もと来た道を戻る。後続パーティが続々と上がってきた。急な雪壁状の斜面を下るとJPで岩場はザイルをつけて下った。途中、真っ白な雷鳥のつがいを見る。写真を撮ろうとしたら逃げられてしまった。テント場に着いたら残った食料を食い減らしにかかる。酒を飲み干す。紅白歌合戦を聞いて寝る。
1月1日(土) 雪時々曇 
起床(4:00)−出発(7:00)−C3(8:50)−C2(11:10)−C1(12:30)−二股(13:20)
 昨晩は雪崩の無気味な音を何度も聞く。低気圧の接近に伴い気温が上昇しているようだ。湿った雪が20cm程積もった。心配された2000年問題は、ほとんど起きていないようだ。ラジオではしきりに下界の平和を伝えている。フルボッカで一気に下界を目指す。ナイフリッジは新雪の下に硬いトレースが残り、歩きにくい。ワカンをつけたり、アイゼンに履き替えたり忙しい。ナイフリッジは核心でそれからはスムーズに進んだ。ナイフリッジで一度ルートを間違えかけたが、それ以降は順調に進んだ。C3跡地で休憩をした後、小日向山を登り返しそれからひたすら下ってゆく。ずっと前に我々の残したトレースの周りの雪が飛ばされ飛び石のように浮き上がっていたのは面白かった。なだらかな斜面では自分たちがつけた赤旗だけが頼りだ。C2付近から天気が悪くなり、濃霧でどこも同じ景色に見えて、何度も間違えかける。特に1508mのコルでは、念入りに赤旗をつけておいたのでよかった。C1から先はゴジラ落としの連続でイライラしまくったが、無事に登山口に辿り着く。偶然タクシーが通りかかり無線でタクシーを呼んでもらう。タクシーの運転手に温泉の場所を聞き、久しぶりに温泉に入る。

個人雑感
農学部4年 矢内英之
小日向尾根は入山者が同時期になく、静かな雪山を楽しむことができた。やはり、自分らでラッセルし一条のトレールを作ることはすばらしいことだと思うし、九州に住むものにとって雪と戯れる時間が長いのは十分にその目的にかなうものであったと思う。反省点は、久保の装備をチェックしてやらなかったことだった。ワカンが2つとも右足用でよく外れた。アイゼン合わせも調整法を教えただけだった。今回、僕にとってはピークよりも過程のほうが収穫の多いものであった。ピーク自体は今の僕にとって魅力のあるものではない。ルートファインディング、ラッセル動作、支点作成、歩行、状況判断、どれをとってもいろいろ教えられた。

教育学部2年 香川浩士
 今回流行った歌、
1.「求められるタフなバディー!!(ウニウニウニウニ)金なんかもあればベター!!」
2.「私、こーいをーしーてーいるー。」
3.「マル、マル、マル、マル、マル」(プッチモニ)
流行語;「最高ですかー?」「最高でーす。」(ラッセル時や、ゴジラ落としの悪。)
 あと、白馬駅からの帰りの夜汽車の中で書いていた文章を載せ、雑感にかえたい。
 1999年度の冬山合宿を終えて
 今年も冬山合宿が終わった。素晴らしいものだった。嫌なことも、腹が立つこともあった。けどすべてが無事に終わった今、それらのことさえいい思い出となる。
 今回の山行でも、また忘れられない場面ができてしまった。四方のすべてを白銀の衣で囲まれた。樺平のアタックキャンプ。満天の星空と月。僕らのつけた一筋のトレース。アタックの日、暗いうちに出て休憩したコルから見た流れ星。つがいの雷鳥。壮大な北アルプス山容。
 しかめっ面の厳しいラッセル。ビビった岩場。朝の出発の準備。風の冷たさ。飯作り。水作り、防風ブロックの切り出し…。そしてメンバー4人の表情。真剣な顔。笑った顔。ムスッとした顔。そして、やっぱり、笑顔。
 この冬山も、きっと一生忘れない。ありがとう。ありがとう、すべての人たち。いい山行をありがとう。おやすみ…。
(2000年1月1日、山梨小淵沢行きの普通列車の中で)

工学部1年 久保耕太郎
 初めて雪山を体験してみて、感想はひたすらきつかった。ついていくのがやっとだった。合宿はいつも女がいてそのペースにあわせていたんだろう。今回は屈強野郎ばかりだったので、がつがつ進んでいった。雪の上を歩いたことがなかった僕は、一歩一歩が必死だった。ナイフリッジ上を歩く怖さを知った。生活はまず、水作りからはじめることも。寒さは、これにも参った。とりあえず厳しい山行だった。しかし、その中で僕が目にした山の景色はそれは雄大でなおかつ美しかった。朝日を受けた山々の色は忘れられない。第1ピッチ目は泣いたものだ。来年は来ないだろう。雪山。そして白馬駅。
 下山しても金がなくて正月3日間、びしょびしょのシュラフで眠ったのも忘れられない。

農学部4年 西村正也
 ある山稜を登ろうとするとき、作戦としては二通りあると思う。一つは荷揚げにじっくり時間をかけて天候が安定した日にアタックをかける方法。もう一つは、なるべく軽量の荷物で一気に荷揚げをしてアタックする方法。どちらも長所と短所があるが、力に自信がないのであれば前者のほうが登頂できる確率は高いといえる。前者は、ある意味で大量の装備、豊富な食糧、燃料、そしてゆとりある日程を武器にする物量作戦である。しかし、このような物量作戦は、縦走形式や最初から悪場の続くような場合は使えない。これから先のことを考えれば、物量作戦だけに頼るのも考え物である。今回は特に荷物の軽量化についての配慮が少なかったような気がする。
 天候がよく大成功に終わった冬山だったが、それは結果的にそうなっただけのことであり何も問題にならなかったわけではない。表面に出ないミスはたくさんあった。次に向けて反省したい。

反省
  • 荷物が重かった。特に食糧。1日4人で5合は多すぎる。予備日の最終日まで同じメニューで通す意味はあるのか。予備日の最終日は何とか生き残れる程度の食糧で十分ではないか。グラム単位でものを考えないとなかなか軽量化は進まない。
  • 赤布の数が少なかった。途中で足りなくなった。今回は50枚を持っていったが、100枚くらい必要だった。
  • 赤布は、もっと長くて目立つものがよい。色は、オレンジやピンクなど自然にない色のほうがより目立つ。
  • ザイル操作がまだまだ遅く、スムーズではない。練習が必要。
  • 岩と雪のミックス状態でのアイゼンワークをもっと鍛えるべきだ。
  • ストックはラッセルでとても役に立った。1パーティに1セットあると役に立つ。
  • ラッセルで歩幅を考えないと、あまり大股で歩くと後続の人が苦労する。できるだけ小股で歩くほうがよい。
  • 最終日にマットを飛ばされた。下山日ということで気の緩みがあった。(香川)
  • アイゼンの調節ができていなかった。ぐらぐらしていた。(久保)
  • 厚着をしすぎて余計な汗をかいた。それが毎晩、シュラフを濡らす原因となった。(久保)
  • 雪に慣れるまで苦労した。雪にハマって起き上がれなくなった。慣れない雪上歩行でバテた。(久保)
  • 慣れない雪上歩行を補う分、余計に体力が要る。(久保)
  • 景色がよかった。みんなも一度は雪山を体験してみるべき。
  • 天気が良すぎた。1日も沈殿がなくスムーズにいきすぎた。本来の冬山はこんなもんじゃない。(西村)
  • 雪訓など基本から技術の再確認ができてよかった。支点の取り方などは、自分で実際に荷重をかけてみたりしてとても勉強になった。