2000年度 冬山合宿北アルプス爺ヶ岳・鹿島槍ヶ岳

鹿島集落より出発 急登を登る ラッセル C2 C2より大町方向 矢沢の頭へラッセル
爺ヶ岳北峰 日の出 爺ヶ岳ヘラッセル 爺ヶ岳北峰 果てしないラッセル 爺ヶ岳南峰
爺ヶ岳頂上直下 爺ヶ岳東尾根 爺ヶ岳山頂にて 剣岳 爺ヶ岳山頂にて2 爺ヶ岳山頂にて3
鹿島槍ヶ岳より白馬岳 鹿島槍ヶ岳より爺ヶ岳 冷池山荘BCにて 冷池山荘BCにて2 赤岩尾根の急な下り 赤岩尾根にて
赤岩の頭を望む 鹿島槍ヶ岳 赤岩尾根より大町方向
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2000年度冬山合宿登山記録
2000年12月23日(土) 晴れ
部室集合(11:00)―部室発(11:45)―西鹿児島駅発(13:42)―宮崎駅(16:08)―宮崎駅発(17:57)―宮崎港(18:10)―宮崎港発(19:00)
 大勢の見送りを受けて出発する。秘密の差し入れをザックの中に入れられた。いきなりずしりとザックが重くなる。塩谷が時刻表を読み間違え約1時間ロス。18切符で特急乗れりゃ誰も苦労はしないよ。
 宮崎駅で個人的に宮崎日日新聞の取材を受けた。山岳部のホームページの宣伝をしたけど載っているかなあ。バスに乗り、宮崎港へ行く。宮崎港ではOBの児島さんが見送りに来てくださった。ミカンを一箱いただいた。見た瞬間これをどうやって消化するか悩んだが、大阪で恵まれない人に配ろうかと本気で思った。しかし、大阪に着く頃にはミカン5キロを5人であっさりと食べてしまった。おかげで大量のビタミンCを摂取することができた。児島さんどうもありがとうございました。

12月24日(日) 曇
大阪南港(7:10)―JR大阪駅(8:20)―米原―大垣―名古屋―中津川―松本―信濃大町(20:00)
 フェリーは予定より20分早く入港。おかげで大急ぎで朝食をとった。船内の食堂は高いのでカップラーメンを大量に買い込んで船内で作って食べる。これが鹿大山岳部流になりつつある。
 日曜なので人が少なく大阪市内は楽勝だった。毎年ラッシュで大きな荷物で乗り込む我々は毛嫌いされるのだが、今回は座れて快適そのもの。例のごとく信濃大町までのJR18切符乗り継ぎの旅であるが、寝ている間にあっさり着いた。松本につくと気温2℃。さすがに寒い。サンダルを履いている剛士を見ているだけで寒かった。ICI石井スポーツでそろっていない装備を買い出しする。信濃大町は小雪が舞い、本当に寒かった。待合室で好き勝手に暴れる酔っ払い高校生がいて、むかついた。それを見て注意しない弱腰のJR職員にはもっとむかついた。

12月25日(月) 雪
信濃大町(6:10)―鹿島狩野山荘(7:40)―JP手前(C1)(13:00)
 雪が信濃大町の駅から降っていた。タクシーで鹿島集落まで行き、狩野山荘で入山届を出し、積雪量などの情報を聞く。雪は少なく、積もったのは最近降った雪だということだった。狩野山荘は昔から登山者の世話をされていて、お茶を出してくれいつも親切にしてくれるのでとてもありがたい。
 さて、雪降り続く中、出発する。登り始めは25cmくらいの積雪だったが、どんどん深くなっていきJP手前で70〜80cmの積雪になっていた。途中から交代でラッセルをする。1年生は慣れない雪に手間取ったようだ。テントが湿雪でずぶ濡れになった。
狩野山荘前の写真

12月26日(火) 雪
起床(4:20)―出発(7:05)―JP(10:10)―P3手前(C2)(13:10)
 強い冬型のため、猛烈に雪が降り続く。新たな積雪が30cm。普通に股下までのラッセル。斜面では胸まであるところもある。先頭は空身でラッセルし、疲れたら交代し荷物を取りに帰る。雪の降り続く中、厳しいラッセルは続き、遅々として進まない。予定ではP1(矢沢の頭)を目指していたが、それどころかP2にも到達しなかった。
ラッセルの写真

12月27日(水) 晴れ
沈澱
 竹之内、風邪気味で吐き気があり微熱もあるので停滞する。そんな日に限って恨めしいほど晴れてしまった。後続パーティが朝、追い抜いて行った。10時過ぎから雪訓を行う。支点の取り方のレクチャーを行い、実際に各自で支点を取ってもらった。渡辺、スノーバーをなくしたことが判明した。スノープルーフの使い方はきちんと理解することができた。周りの雪をどれだけ踏み固めるかが鍵だということが分かった。
 雪訓の後、テント場の先の小ピークに登って位置を確認したらP2どころかP3にも至っていない事が判明して愕然とする。
C2の写真

12月28日(木) 雪
起床(3:30)―出発(6:05)―P3(7:10)―P2(8:30)―P1(矢沢の頭)(C3)(12:00)
 今日は、天気が良ければ一気に冷池まで行ってしまおうということで3時半に起きたが、無情の雪。どんどん雪の降り方が激しくなってくる。視界はそれほど悪くはない。昨日の先行したパーティのトレースを頼りにP2手前までは順調に距離を伸ばす。先行したパーティは同志社大山岳同好会でP2手前にテントを張っていて今日は停滞するとのことだった。ここから猛烈なラッセル。塩谷、急な斜面を直登する。2番手の久保は斜面が急で登りにくく塩谷にキレ気味だった。P2のナイフリッジも先頭が空身で行きトレースをつければ、ザイルなしで行けた。P2付近で後方から社会人5名が来て、ラッセルを手伝ってくれるかと思いきや、我々の後ろから見ているだけ。ワカンも全員持っていない様で他人のラッセルを当てにしているようだった。これぞ噂に聞くラッセル泥棒だった。胸までのラッセルをしている光景を見て恐れをなしたのか、ラッセル泥棒は途中から引き返していった。
 矢沢の頭までは終始、胸までのラッセルで苦労した。矢内君がいたら多分、よだれが出るほど喜んだだろうと思うほど厳しいラッセルだった。矢沢の頭にテントを張る。テントの周りに防風壁を作ったが、風が強く死にそうにきつい作業だった。風が強いとテント内の暖まった空気も外へ出てしまいなかなか暖まらず、一番寒い夜になった。シュラフの一部が凍った。
矢沢の頭までのラッセルの写真

12月29日(金) 快晴
起床(3:30)―出発(6:40)―爺ヶ岳山頂(9:45)―爺ヶ岳山頂発(10:30)―冷池山荘(13:00)
 矢沢の頭でのテント撤収作業は山岳部史上稀に見る厳しいテント撤収になった。地吹雪の中、テントを飛ばされないように撤収していった。テントが凍ってポールが本体からはずれなくなり、ポールの継ぎ目が凍って取れなくなって、やっとの思いでテントを撤収できたと思ったら強風でパッキングもままならない。ザックのファスナーやバックルが凍ってパッキングもボロボロだった。思い出すのが嫌なくらい悲惨な撤収だった。出発してしばらくはウインドクラストしていたが、最後の斜面は傾斜が急なこともあって部分的に頭を超すような猛烈なラッセルもあった。しかし山頂に着いて自分達の引いたトレースを見ると何かすごい達成感があった。
 爺ヶ岳山頂から冷池までは近そうで遠かった。黒部側からの吹き上げる寒風がとても体にこたえた。この日、冷池にテントを張ったのは我々のパーティだけだった。
爺ヶ岳山頂の写真

12月30日(日) 快晴のち曇
起床(3:15)―出発(5:30)―鹿島槍ヶ岳山頂(7:08)―鹿島槍ヶ岳山頂発(7:30)―冷池山荘BC(8:50)―冷池山荘BC発(10:05)―高千穂平(12:30)―高千穂平発(13:00)―西俣出合(14:25)―西俣出合発(14:35)―大谷原下山(15:45)
 素晴らしい快晴だ。風もなく星空がきれいだった。久保のアイゼンのネジが外れ、修理するのに時間を取られる。樹林が切れるまでは雪が深く時間がかかったが、布引岳の登りからはウインドクラストした斜面を快調に飛ばす。鹿島槍ヶ岳山頂の手前で日の出となった。山頂は寒くて写真を撮るのがやっとだった。下りからは下山モードに入り、ピッチが上がる。テントを撤収する間に赤岩尾根から社会人山岳会の人がたくさん上がって来た。赤岩の頭からの下りは傾斜が急でとても怖かったが、トレースが着いていたのでなんとかノーザイルで行けた。高千穂平はテントが10張近く張ってありテント村になっていた。携帯でタクシーの予約をして今日中に下山することにする。みんなピッチが早い。雪ダンゴがアイゼンにくっついて下りづらかったが快調に赤岩尾根を下った。大谷原に着いてクラッカーを鳴らしたり、残りの食料をたいらげたりした。今年は充実した冬山合宿になったとしみじみ思った。
赤岩尾根の急な下りの写真

文責:M.Nishimura
写真:M.Nishimura(写真は銀鉛写真をスキャナで読み取ったものです)