2003年度春山合宿報告書 北アルプス白馬岳双子尾根

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C1(1400m付近)
設営風景

1670m付近から
不帰険方面

1670m付近

1700m付近で。
休憩風景。

小日向山付近。
バックは左が白馬鑓、
右が杓子岳。

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小日向山から
これからの進路を望む。

小日向山から
これからの進路を望む。

雪煙の杓子岳。

小日向のコル〜樺平間、
小日向側。

樺平近く。

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AC(2140m)。
樺平は全層が来たらヤバイので
手前の小ピークに設営した。

樺平の由来となった灌木。
ダケカンバって
やつなのだろうか。

AC

AC

JPをバックに渡嘉敷。

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夕暮れの杓子沢。
一番手前の岩尾根が奥双子。

奥双子の右肩へ
向けて未明の登行。

JP下の岩場で
ザイルを出しているところ。
クライマーは松田。
奥双子や樺平が見える。

JPへ向けて
ラッセルしているところ。

JPから。
旗を立てるために遅れた
渡嘉敷を迎える。

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白馬山頂から剱方面。

白馬山頂。

白馬山頂。

2003年度春山合宿報告書 北アルプス白馬岳双子尾根

計画概要:双子尾根末端(二股)から杓子岳を経て白馬岳登頂。
コンセプトは「末端to末端」。実働7日、予備5日。
期間:2004年3月5日〜3月12日
参加部員:L渡辺(5)SL渡嘉敷(3)松田(2)
装備:フツーの雪山装備。エスパース内張りは寒かった。(持っていったロックアンカー、スノーアンカーは出番なし)

<行動概要>
3月5日  移動。フェリー泊。
3月6日  移動。白馬駅前泊。やたら寒かった。
3月7日  双子尾根を末端の二股から取り付く。1400m付近まで。
3月8日  小日向のコルまで。予定では1600m付近までだったので嬉しい誤算。
3月9日  樺平を見下ろす小ピーク(AC)まで。
3月10日 白馬岳アタック。12時間行動でバテる。
3月11日 寒冷前線通過のため沈殿。レーションが少なすぎて飢える。
3月12日 100枚以上付けた赤布と、どういう訳か残っているトレースを利して一発下山。「末端 to 末端」をパーフェクトに決める。

<行動詳細>
3月5日 部室〜西駅〜志布志
 渡辺が教授に捕まるなど結構バタバタした出発となった。西駅は九州新幹線開業前で建設ラッシュ。帰ってくる頃には「鹿児島中央駅」となっている訳だ。実にどうでもいいが。志布志発さんふらわあで快適な船旅。

3月6日 大阪〜名古屋〜中津川〜松本〜白馬駅前
 なが〜いJRの旅。松本ICIで買い出し。渡嘉敷がTNFのカッパを買い、うらやましがられる。1.5Lペットボトルを半分にカットしてションポリを作成。白馬ステビバはあまりに寒く、渡辺と渡嘉敷は便所に逃げ込む。松田は根性で耐える。

3月7日  晴れ 白馬駅前〜二股(7:00)〜1400m付近C1(11:00)
 タクシーで二股まで。不要物を電柱の裏にデポし、さっそく取り付く。のっけからワカン。当然トレースなど無い。送水管の左手を延々とラッセル。展望の効かぬ急登。赤布をつけながら登る。貯水池のあたりで尾根が悪くなる。試しに渡嘉敷にRFさせたら滅茶苦茶。渡辺キレる。
 悪いのは一部分だけで、しばらく登るとまた急登。さらに登ると尾根が緩くなり、広い樹林になる(ここが1244m付近でC1予定地。「絶対そんなに登ってない」と思っていた)。そのまま登り続け、一度樹林が切れて細くなった所の先の樹林で幕。下山時に1400m付近だったと分かる。

3月8日 晴れ時々曇り C1(6:30)〜1508mのコル〜南から来る尾根と合流(1650m)〜小日向山〜C2(1880m付近、12:30)
 今日も終日ワカン&フルボッカラッセル。主発してすぐに1508mのコルに出て、「実は昨日は結構登っていた」という事実に気付き、喜ぶ。コルにはMACの古い赤布があった。1650の合流ポイントは東側(登ってきた方)に小雪庇状になっており、下りで苦労すると思われたので旗を一本たてる。上がるときに顕著な弱層を発見し、気が滅入る。合流後は不帰瞼や白馬鑓東面、そして問題のJPと痩せ尾根がよく見える。1750mあたりで雪稜チックになるが全く問題なし。もっと樹林が深いかと思っていたが、結構まばらだ。小日向山に上がるとのっぺりしていて何もない。下降時のため旗を数本立てる。小日向のコルは風が強そうなので手前の窪地の右手に張る。結構デカイ双子岩がよく見え、「明日沈殿だったらミックスクライミングしようぜ」などと言うが、誰も相手にしてくれない。今日も赤布を付けまくった。

3月9日  曇り C2(7:30)〜樺平手前C3(2130m、12:00)
 天気はあんまり良くないがやせ尾根の登りなので関係ない。小日向のコルに下り、痩せ尾根に取り付く。ずっとワカン。ルートは昨日小日向山から見えた通り、細い。樹林もあんまりないので、得意の赤布工作があまりできなかった。落ちたらヤバイが春のしまり雪では落ちないだろう。松田がめんどくさがって浅いキックステップをし、渡辺キレる。
 最後の方で尾根が立ってきて、アイゼンワカンが有効そうだったのでそうしようと思ったがバンドが短すぎてできない。こういう微調整をちゃんとしてこないのは失敗だった。結局アイゼンで行く。すぐに小ピークに到着。下の方にデカイ木が見える。松田に言われ樺平と気付く。杓子沢の上部だと思いこんでいた。一応尾根上をそのまま進むと北に向かって切れ落ちており、やはりここが樺平で間違いないようだ。ちょっと戻って、予定通り小ピークで幕。設営を松田と渡嘉敷に任せ奥双子の下まで偵察。
 渡辺の指示で、出入りの際山を見れるように入り口を山側にしたが、日没後の山側からの強風をモロに受けてしまい大失敗だった。しかも設営の際、C2に小便用ペットボトルを忘れてきた事に気付き、渡辺二度目のチョンボ。

3月10日 晴れ 白馬岳アタック
C3(4:20)〜JP(8:00)〜杓子岳(9:30)〜白馬岳(11:40)〜
〜杓子岳(13:30)〜JP(14:30)〜C3(16:30)
 月明かりで意外と明るい中、樺平に降り、すぐ登りに入る。奥双子は直下まで切れ切れの樹林を拾いながら登り、右から巻いてコルにでた。コルで渡辺のテルモスが壊れている事に気付く。新品なのになぜ?JPまでの二つの岩峰は、一つ目は右から問題なく巻く。二つ目は右の雪壁を行きたかったがゴジラ落としというかクレバスがあいてしまい、やむなく直登。ここでアイゼンに履き替える。
 時間が勿体無いので渡辺がノーザイル特攻。せいぜいV級だが落ちたらあの世行き。登った感じフリーでも行けそうだったが、万が一を考え上からザイルを垂らしスタンディングアックスビレイ。渡嘉敷が9mmザイルに6mmほどもあろうかという極太シュリンゲを巻き付けてプルージックにして上がってくる(全然効いていない)のを見てアイゼンキックを顔面に入れたい衝動に駆られたがぐっと我慢(「フィギュアエイトでアンザイレンして登ってこい」と指示したつもりだったのでますます頭に血が上った)。
 以降も急な斜面を腰下ラッセル。背の低い(足の短い?)渡嘉敷はピッケル・膝・足の裏の三段攻撃。連日行動で疲労が蓄積し、ペースが上がらない。JPからはさらに急になる。所々露岩&残置シュリンゲを見かける。
 杓子岳に出るとやたら風が強い。正直、結構疲労しており、しかも白馬山頂の手前には巨大な小屋。「杓子ピストンにしようかな」とも思ったが、一応白馬を目指す。おおむね夏道が露出しており楽。最低コルで松田が、靴紐が足首に当たって痛いと言い出す。問題ないと思い、本人も大丈夫と言っていたので放置したが、白馬山頂につくころには結構行動に支障が出るくらいになっていた。渡辺、「てめえの体調管理くらいてめえでしろ!」と、管理不行き届きを棚に上げキレまくる。白馬山頂は小屋の裏にあり、感動は全く無い。
 かなりバテバテになりながら最低コルまで下り、登り返す。松田は直登の方が痛いだろう、と思って杓子を南側に一回トラバースしてから登ろうと思いトラバースするが、途中でシビアになってきて結局直登。杓子からの下りは、行きで「残置支点使って懸垂しようかな〜」と思っていた所も、時間が無いのでガンガン下る。さすがに行きでザイルを出した所はザイルを出す。行きであきらめた雪壁をスタンディングアックスビレイで確保しながら下る。問題のクレバスはジャンプで越える。トップの松田が見事なジャンプ。ラストの渡辺はノーランニングの特攻。
 以降はシリセードでガンガン下る。樺平からテントまでのわずか10mの登り返しでハアハア言わされる。とにかく疲れた。テントに入ってからお湯を作り、とりあえずレモネードにして飲む。口々に「最高!」「うまい!」と言う。その後も水やお茶を作って飲みまくり。みんな軽い脱水だったのか、相当飲んだのに誰も小便に行かなかった。日が沈んでから猛烈な風が山から吹き下ろしてきてテントがひん曲がったが、さすがエスパース、余裕で耐えた。ラジオは明日の昼頃寒冷前線が通過すると告げている。明日は沈殿かな〜。

3月11日 みぞれのち雪 沈殿
 朝からみぞれ。昨日の疲労で動きたくない所だったので迷わず沈殿。昼頃寒冷前線が通過したが、日没まではそれほど冷え込まなかった。日没後は例の吹き降ろす風でテント内が一気に冷える。除雪に1回出て、ついでに防風ブロックを作るが、松田が勉強会でやったことを何も覚えてなくて渡辺ブチ切れ。風が強すぎて、振り回しているスコップが飛びそうになる(!)。

3月12日 曇りのち晴れ 下山
 今日も動けないかな〜と思っていたが、大陸からの移動高が予想以上に張り出しているようで、視界がそこそこある。喜び勇んで撤収&下山開始。足回りはアイゼン。JPの下りで度胸がつき、もはやこの程度のやせ尾根では何とも思わない。積雪期の歩行が課題だった渡嘉敷も余裕の表情。
小日向のコルに近づくころガスが湧いてきた。進む方向を凝視し、視界が開けた瞬間に突撃。一気に小日向山に登る。小日向山山頂でも同様にして進む。赤旗立てといてよかった〜。でも、もっと立てとけばよかった。読図も交え慎重に下る。1750mあたりの顕著な尾根に入って「今日中下山」が現実味を帯びてくる。ここでワカンに履き替える。例の1650m分岐で旗を見つけたときは「よっしゃ!」って感じだった。
以降、なぜかトレースが残っていた。尾根の下部では雨だったのだろうか。踏むと踏み抜くので労力は一緒だが、トレースと100枚以上付けた赤布とでルートを誤る心配はゼロとなった。高速下山隊と化しガンガン下る。
貯水池のあたりでクレバスが出てズタズタになっておりマジでうっとーしー。松田が思いっきりハマり、気を引き締めなおす。こういうときこそ慎重さが必要だ。下山後の暴飲暴食を楽しむためにも。特に、昼前に下れば黒部市に住むOB香川氏宅まで余裕で行けるので、焼肉ゴチを期待できる。「おいしく焼肉を食べるぞ!」を合言葉に、慎重に、しかし迅速に下る。やがて二股に到達し、「末端 to末端」ラッセルは幕を閉じた。
 大糸線では車掌さんと話が弾み、北陸人得意の「婿に来い」攻撃に遭う。黒部市に行き、予定通り(笑)香川さんに焼肉をたかる。会計ではすごい金額が…合掌。
(記:渡辺)
<ルート>
・ 下部は急な樹林。赤布がないと下りで迷う。
・ 1650分岐。東側(信州側)に向かって小規模な雪庇状になっており、視界が不良だと下りで間違えやすそう。登りでも顕著な弱層があってかなり嫌だった。
・ 小日向山周辺。広くてのっぺりしていて樹木も少ないので、視界不良時は旗がないと迷う。
・ 樺平までのやせ尾根はたいしたこと無かった。
・ 樺平は奥双子方面から全層が来たらやばいんじゃなかろうか。今回のC3はそういう意味でもいいテン場。防風対策をしっかりする必要はある。
・ 奥双子は右から巻いた。
・ 一つ目の岩場も右。
・ 二つ目は直登した。
・ JPまでも結構急な雪稜。JPは防風をしっかりすればテント張れると思う。
・ 杓子までも急な雪稜。所々露岩&残置支点がある。
・ 杓子からは露出した夏道。全く問題なし。風が強いので、杓子に上がる前に防風対策を。

<反省>
食糧
・ 軽量化大成功。ペミカンの「ラード素揚げ製法」はもはや定番として良いであろう。
・ 沈殿日のレーションは軽量化しすぎた。嗜好品でするめを持っていけば良かった。
・ 乾物は別々に小分けすること(以前もあったミス)。
・ α化パスタ(超はやゆでタイプ)はなかなか良い。燃料を劇的に軽量化できる。コンソメ以外のバリエーションの開発が課題。
・ 行動が短い日の五目御飯も大成功。

装備
・ 結果論だが、ハーケン、アイスハンマ、デッドマン、スノーバーは不要だった。とはいえ、雪の状態により必要な場合もあるかもしれない。
・ 内張りを裏返しにつけてしまい、ベンチレーターが機能していなかった。何度も言われていることだが、全ての準備は「現場で使った時」を想定して行わなければならない。
・ ワカンのバンドが短すぎてアイゼンワカンができなかった。全ての準備は〜(以下略)
・ 赤布小さすぎ。結ぶところを除いて7×20cmは欲しい。100枚以上持っていってほぼ使い切った。
・ 旗は15本持っていったが、細すぎて途中で2〜3本折れた。本数としては大体良かった。

アタック日の行動
かなりいっぱいいっぱいまで行動した。天候は夜まで持つと分かっていたので間違ってはいないが、杓子の時点で相当に疲労しているのにメンバーと話し合わなかったのは問題があったかもしれない。松田の足の不調は、松田自身の責任であるが、歩行に支障はない、と判断したのは渡辺である。後輩のいう事をいちいち聞いていたらリーダーは務まらないが、ここは聴くべきであった。リーダーとしては、さしたる理由も無く撤退や予定変更はできない。いかに理由作りをするかが課題だ(笑)。
(記:渡辺)

<雑感>
L 教育学研究科M1 渡辺剛士
 結果は出したが、内容の細かい部分で不満がある。詳しくは反省を参照。計画書以外の準備はほとんど後輩二人に任せたが、細かい所でアラがあった。毎年、雪山に行く前に、この報告書を読んで思い出してもらえればいいと思う。
徹底した軽量化の甲斐あって、実動1日カットという素晴らしいスピードが出たが、体力トレーニングが足りず、アタック日は全員バテた。全員、膝などに故障を抱えており、トレーニング不足だった。まずは故障しない体を作るべく、筋トレをしよう。
 渡嘉敷は甲斐駒から比べて、歩行技術やラッセルは大分上達したと思う。しかし、SLとしてどーか?というとまるでだめお。隊全体、日程全体を把握して、リーダーに意見具申する立場であるのに、そのような自覚・行動は全く見られなかった。サブ"リーダー"という言葉の意味を考えて欲しい。いつまでも俺に対してイエスマンでいいんか?
 松田は、テント内で積極的に動くようになり、全体のことに対する意識も芽生えてきた。一方、モチが下がると突然手を抜く悪癖は全然直っていない。そーゆーことしてるとそのうち〇ぬよ?
はっきり言って、俺のような大して登っていない男など、さっさと追い越して欲しい。きょーび、クライミング始めて1年で5.12とか、冬壁いっちゃう奴とかいるんだから。仮に結果が出なくとも、常に前進するという意識が一番大切だと思う。そういう意味でも、基礎的なことの失敗や前と同じ失敗はしないで欲しい。
個人的には、ちょっと物足りなかった(とか言ってアタック日はバテたんだけど)。そういう風に計画したとはいえ、やっぱ、物足りない。「荒れてもぎりぎり余裕がある」くらいの計画を心がけているので、荒れたりしなければかなり余裕が出るのは当然か。リーダーとしては「計画ドンピシャ!」と喜ぶべきことだが、いちクライマーとしては物足りないのである。「後輩の育成」と「クライマーとしての満足」の両立は本当に難しい。特に冬春は。矢内・香川ペアのように高い目標とモチを維持できれば…。
岩峰に特攻したときはちょっとだけアドレナリンが出た。卒業したらアイスとかミックスとかやりたい。
 最後になりましたが、GOサインを出してくださった米澤先生、ペミカン軽量化を始め細かいご指導をしてくださったOB代表三穂野先生、他大学の遭難などできびしい情勢の中、計画書を受理してくださった学生課の皆さん、差し入れをくれた部員の皆さん、残部代表を引き受けてくれた天本さん、そして焼肉をご馳走してくれた香川さんには感謝しています。ありがとうございました。

SL 法文学部3年 渡嘉敷唯史
1日沈したにも関わらず、予定よりも早く計画をこなす事ができた。毎日内容が濃かったので、それにとても満足している。ただ自分に関して精神・体力・技術面で弱い所も多く見られた。精神面では集中してない事が多く、体力面では合宿直前まで風邪をひいていたり、アタック日にはばて過ぎ、技術面では下降時にトレースを壊したりした。SLとしては剛士さんに頼るだけ頼って終わった合宿だった。例えば松田の足首の痛みがひどくなってきた(自分もバテていた)時に、剛士さんに判断を全て任せていたが、白馬岳に登るのをやめる事を自分から剛士さんに提案するとかすべきだった。もっと全体を考えて行動したい。
ただプラス面として合宿前は筋トレを中心に行ったので、膝が全く痛くならなかった事が挙げられる。ところで今回の合宿は白馬岳を目指したのだが、今までの雪山で一番魅力を感じないピークだった。白馬岳の前に通った杓子岳の方が断然良かった。

教育学部2年 松田 香樹
今回の合宿は、とても楽しかった。誰もいない山の中を自分達だけでひたすらラッセルし、ピークにも立ち、そしてみんな無事に下山できたのでよかったよかった。下山後、18切符での帰りに幾人かの人に御馳走になったが、そんなにも僕はみすぼらしか格好だったのだろうか?ありがとうございました。
自分の反省
入山前
最後の準備中(共装、食糧)に「あれを忘れた、これを忘れた。」で何回も買い物に行っていた。買出しをしっかりとする。
入山後
モチベーションの低下。これが下がるとやる気が零になり、山行中にも叱られたが樺平での登りでなんとかなやろという気持ちでキックステップをちゃんとせずに登った箇所があった。
普段の勉強でも同じだが、知識としては覚えていても、それをいざするという時に生かしきれない。

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