2007年夏山2次合宿
8月21日 天気 曇り後雨
5:00富山駅発〜9:00室堂着〜9:50雷鳥沢キャンプ場着〜12:03剣御前〜12:57剣沢小屋〜15:30夕食〜16:00天気図〜18:00就寝

朝起きて富山駅から5時頃の地方電鉄に乗り時分に立山駅に着く。立山駅で穂高の合宿の分の荷物を預ける。立山駅からケーブルカーとバスで室堂へ着く。2年前に来た時と特に変わらない景色が続いていた。室堂に着いて水を入れる前の荷物の重さを量る。僕と田崎と伊佐見はだいたい32kgぐらいでそんなに変わらなかった。宮原が36kgぐらいだった。やはり焼酎の1升瓶を持つと重くなるものである。それに水が一人3リットルくらい加わる。室堂から雷鳥沢キャンプ場まで特に大した所はないが地獄谷付近の硫黄の匂いだけは気分が悪くなってくる。雷鳥沢キャンプ場からはひたすら急登である。1ピッチ目の休憩地点を出発する時に伊佐見のザックに入っていたビールが破裂した。よくあることだが、これでビールが1本減った。2ピッチ目の休憩地点でだいたい半分ぐらい来たんじゃないかと前回、行ったときのことを思い出しながら予測したらそれなりには当たっていた。相変わらず田崎は相当なペースでとばしそのやや後ろを宮原が進み、さらに結構、後ろを伊佐見と僕が進んだ。意外と早く別山乗越に着いた。別山乗越から剣沢キャンプ場までもそんなに時間はかからなかった。ここまで早く着いたのは初めてだ。テントを張り終えるとしょうちゃん岩でボルダーをするが簡単であまり面白くなかった。難しいルートがどれかよく分からなかった。そのうち雨が降り始めたのでテントに帰った。(黒岩)

8月22日 雨
7:00起床〜7:30朝食〜12:00昼食〜16:00天気図〜17:00夕食〜18:00就寝

 沈殿。沈む・・・いろいろと。周りはガスで全く見えない。風が強く、頻繁に雨が降る。ラジオを聴いていると、なんと大雨洪水警報らしいではないか!
暇なため昼食にお好み焼きを作るがすべて失敗、グチュグチュだった。また黒岩さんが持ってきたトイレットペーパーがあまりにも少ないことから、ゴッドフィンガー説が浮上する。さらにさらに夕方には浸水が始まる。「ビショビショやなぁ〜」と黒岩さんが連呼する。(伊佐見)

8月23日 雪上訓練 晴れ
 起床(5:30)〜朝食(6:00)〜テント出発(8:00)〜訓練開始(8:30)〜訓練終了(15:30)〜テント到着(15:45)〜天気図(16:00)〜夕食(17:00)〜就寝(21:00)

 朝がきた。朝食を食べ、雪上訓練に必要な装備を準備して出発する。
 剣沢小屋のテン場から15分ほど歩いたところにある傾斜の緩い雪渓で、雪上歩行・滑落停止・スタンディングアクスビレイの練習を行った。雪上歩行ではアイゼンを装着せずにスプーンカットを利用した歩き方や、キックステップを使った歩行の練習を行い、滑落停止の練習ではスプーンカットと傾斜が緩かったせいか滑りにくかったので、滑り台のようにして、勢いをつけてから滑り、ピッケルストップをした。スタンディングアクスビレイは、まず1年だけで全て作り、その後上級生に見てもらい、注意をうけてもう一度作り直した。それから実際に滑ってみて、うまく止めることができるかのれんしゅうも行った。そして今度は、傾斜の急な雪渓へ移動し、もう1度雪上歩行と滑落停止の練習をする。滑落停止の練習をしていると、香川さんと渡辺さんと合流した。雪上歩行では、斜歩行や直下降をアイゼンを装着したときとしないときの両方を練習した。
 天気図の時間ぎりぎりまで雪上訓練を行い、急いでテントまで戻る。天気図を描き、夕食を食べてから香川さんのところへ行った。そこで酒を飲みながら翌日の行動について渡辺さんと話し合う。計画が決まった頃には21時近かったので、テントに戻ってすぐに寝た。
(田崎)

8月24日(水) 快晴
3:00起床〜5:00発〜8:25T峰着〜11:15U峰着〜12:45剣岳本峰〜15:30BC着〜18:00就寝

本日は朝から気持ちいいくらいの快晴。目指すは源次朗尾根だ。剱沢雪渓を下り、取り付きへと進む。これでもかってくらいの藪こぎと軽い岩登りを超えて、懸垂地点へ。ここで、1年生にザイルを持たせていたことや、スリングを個人で持っていなかったことが原因で時間がかなりかかった。当然、剛士さんにもがられる。もっと装備のことなど、考えておかないといけなかった。思ったよりも、早くテント場には帰り着いた。夜は焼酎などで軽く飲んだ。山で飲む酒は最高だ。(宮原)

8月25日(木) 快晴
4:00起床〜5:30発〜9:10Aフェース基部〜9:30Cフェース取付〜12:30Cフェース頂上〜14:00Aフェース基部〜18:30BC着〜19:30夕食〜20:00就寝

 昨日の疲れが残るが、27日くらいから天候が崩れるらしいのでCフェースへと行く。雪上歩行の練習ということでアイゼンは持って行かない。後になって、アイゼンを持って行かなかったことを後悔した。長治郎谷は時期が遅く、雪渓が崩壊していて上まで抜けるのは怖かった。途中スノーブリッジがあった。1年をAフェース岐部に残し、剛士さんと黒岩さん、宮原の3人でCフェースに取り付く。剛士さんはどか靴で登っていた。登った後、懸垂下降を繰り返し、5,6のコルへと降りた。ザイルワークが遅く、しかもザイルを絡ませたりと何度もしたため、とても時間がかかり、何度も怒鳴られた。Aフェース岐部からの雪渓下りではアイゼンがなかったため、日の入り前だったががんばって降りるしかなかった。宮原の完全な判断ミスだった。そして、テント場へ。BCに着いたときはあたりは暗かった。(宮原)

8月26日 快晴
5:30起床〜7:00発〜12:30頂上〜15:30BC着〜16:00天気図〜16:30夕食〜19:00就寝

 天気は快晴。今日は別山の岩場を登ることになった。BCからすぐのところにあるので、あっという間に着く。ゴーシさんと伊佐見、黒岩さんと宮原さんと田崎の2パーティに分ける。ゴーシさん達は3回登った。最初の岩は2ピッチだった。ゴーシさんがレイバックで登ったところを伊佐見はレイバックができず、腕力で無理矢理登る。2番目の岩は思ったよりも簡単であっけなかった。この時すでに頂上に着いていたのだが、時間が余ったのでもう1つ登った。すべてリードはゴーシさんだったのでナッツの回収の練習ができて良かった。またコンティニュアスビレイも教えてもらった。帰りは別山の頂上を経由して下った。晩飯のマーボー高野豆腐はジューシーだった。(伊佐見)

 朝起きて準備して出発する。別山の岩場までの道はひたすらガレ場で落石がおこりそうで、やらしい。別山の岩場の取り付きに着くと渡辺先輩と伊佐見のペアと僕と田崎と宮原のペアに分かれて別々の所から取り付く。とりあえずセカンドを田崎にやらせることにして後は状況に応じて僕か宮原がトップをいくことにする。1ピッチ目は僕がトップで行き10mぐらい登った所で何個かルートが別れていそうだったからハーケン2本を打ってキャメロットを設置して支点を作り短めにしておいた。ここはぜんぜん難しくはなかった。2ピッチ目も僕がトップをすることになった。直上するフェースを登ろうとしたがそれなりに難しそうであるしハーケンが支点では怖いのでやめておいた。5.10の後半はあったかもしれない。とりあえず右斜め上に登っていく。そのうちまた直上する4mぐらいのフェースがでてきたがちょっと登ってみて難しそうだったのでクライムダウンして右から回りこんで登ってその上のテラスでリングボルト2本とハーケンがあったのでピッチを切る。最後を右から回り込んだとして5.8ぐらいじゃないかと思った。田崎は最後のフェースをロアーダウンしてから登ることになって登った。セカンドとはいえよくあんな所を登れたなと思った。最後の宮原はさすがに登山靴だからか右から回りこんでも大変そうだった。3ピッチ目は最初は宮原が登ることになったが右斜め上に登ろうとして結構、ハングしているらしくあきらめて敗退した。僕とトップを交代して直上ラインが簡単そうだったので直上ラインを登ることにした。しかし登ってみると案外やらしくてヒールフックをきめることによってなんとか途中のハーケンまでたどり着くことができた。ハーケンの上の方は簡単だった。25mぐらい登ってリングボルト2本とハーケンがあったのでそこでピッチをきる。この3ピッチ目は25mで中間支点がキャメロット1本とハーケン1本だったのでだいぶランナウトになってしまった。グレードとしては5.9ぐらいじゃないかと思われた。4ピッチ目は宮原にトップを任せたがガレ場を10mぐらい登ると渡辺先輩達に合流した。そこで少し休んでから悪いガレ場をちょっと登ると別山に着いた。後は一般ルートを下るだけなのだが、いやらしい滑りやすそうな所がちょっとだけあった。ある程度下ると剣沢キャンプ場に着いた。夕食の時、渡辺先輩を交えて話し合って明日から天気が悪くなりそうなのでビバークはやめて明日は立山に行くことになった。(黒岩)

8月27日 霧雨のち雨
 起床(4:15)〜朝食(5:10)〜テント出発(6:00)〜別山山頂(6:50)〜大汝山山頂(7:30)〜雄山(8:40)〜テント到着(11:30)〜天気図(16:00)〜夕食(16:30)〜就寝(19:00)

 この日は、天候が悪く八つ峰縦走とビバークが中止になったので、立山へ行くことになった。テントを出発し、雄山を目指す。道のりはそう険しくはなかったが、ガレ道が続き、落石を起こさないように、また、上からの落石にも注意しながら歩かなければならなかった。辺りにはガスがかかっており、ぽつぽつと雨が降ったりした。途中、雪渓の上の道を歩いていき、時折ライチョウの姿も見ることができた。そして雄山に到着。お守りなどが売られており、子供連れの家族もたくさんいらっしゃっていた。展望図もあり、そこから見える山の名前がわかりやすかった。しかし、山頂に登るには代金を払わなくてはならなかったので、絵馬を一つ買ってそれぞれの願い事を書き込んだ。そして登ってきた道を戻り、テントに着いたのは昼頃だったので、剣沢のテント場付近の岩でボルダリングを楽しんだ。(田崎)

8月28日 天気 雨
6:00起床〜7:15発〜8:00剣御前〜9:00雷鳥沢キャンプ場〜9:50室堂

 朝、起きると雨が降っていた。今日は下山日である。雨が原因なのか準備にだいぶ時間が、かかった。渡辺先輩の準備がやや遅れていて先に行っていいと言われたので4人で先に行く。とりあえず剣御前までは登りである。田崎が先頭で登ってたのだが途中で1回、道を間違える。なんとか1ピッチで剣御前小屋まで着きトイレに逃げ込む。ちょっとしてから渡辺先輩と合流したがそのすぐ後、渡辺先輩はテントのポールを忘れたことに気付いたらしくて取りに行くことになって室堂で合流することにして別れた。そしてまた、4人で雷鳥沢キャンプ場を目指して下ることになった。雨で下る人が多くて大変だった。雷鳥沢キャンプ場に着くとまたトイレに逃げ込んだ。雷鳥沢キャンプに着くと後は観光地なので室堂まで各自で適当に行くことになった。室堂に着いたら試食しながら渡辺先輩を待っていたが意外とすぐに合流することができそのままバス、ケーブルカー、地方電鉄を使い富山まで帰った。(黒岩)

反省
今回SLになり、先頭に立って歩くことが多かったが、そのときルートファインディングがうまくできなかったので、次にくるときは失敗しないようにしようと思う。雪上訓練では、スタンディングアクスビレイの設置方法を勉強会で調べたはずなのに、すぐにできなかったので、復習をしっかりしようと思う。また、雪上歩行で雪渓を登るのがうまくできず、かなり体力を消耗したので、もっとスプーンカットを利用して楽に登れるようにしたい。そして、全体的にパッキングなどの生活技術がおそかったので、スムーズにできるように努力する。(1年 田崎)

・準備が遅かった。
・体力不足だと感じた。
・雪訓で覚えていないことが多くスムーズにできなかった(1年 伊佐見)

・ 長治郎谷でアイゼンを持って行けばよかった。
・ 全体的に生活技術が遅い。
・ 1年生にザイルを持たせたりと、装備の分け方がまずかった。もっと、使うときのことを考えないといけない。
・ また、長治郎谷に雪があまりなかったことから、雪山の下見よりも剱を先に持ってくるべきだ、と思った。
・ 去年と比べると体力が落ちたようにも感じた。(3年 宮原)


・雪訓時、ザックとザックの間隔をもう少しあけておいてザイルの張る長さを長くとっておくべきだった。
・雪訓時、ザックからセルフビレーをとっておくべきだった。
・別山の岩場でのランナウトが危なかった。(5年 黒岩)

感想
 初めて雪渓の上を歩いたり、3000メートルを超す山を登ったりと、初めて体験することが多く、充実して過ごせた。沈殿日にテントが浸水したのも、今となってはいい思い出になったと思う。このとき初めてお会いした香川さんと渡辺さんはとてもいい方で、自分たちの身の安全によく気を遣ってくださった。(1年 田崎)

沈殿日と下山日の天気の悪さにはまいってしまったが、他の日は天候も良く楽しめた。一度大したことのないところで滑落してしまい残念だった。源治郎尾根では浮き石が多かったり高度感があったりで辛かったが、登り終えたことで自信がついた。また雪上訓練でしっかりと雪上技術を学べて良かった。(1年 伊佐見)

今回は初めての夏山におけるCLということで学ぶことが多かった、と思う。その状況においての判断をすぐに下さないといけないのだが、アイゼンを持たせなかったなど間違った判断をしたこともあり、勉強になった。源次朗尾根が登れたことや、雪山の下見ができたことはよかった。また、雪上訓練も二人とも予想以上にしっかりできていてうれしかった。
焼酎が2本にビールが入っていたので多少は重かったが、去年の縦走よりは軽く楽だったと思う。あの一升瓶からつぐ感触は最高だ。毎日飲み続けていたと思う。次くる機会があったら、もっと練習してチンネ左稜線を登りたい。剛士さん、香川さんありがとうございました。(3年 宮原)

・剣岳の合宿の最初の日はBCにかなり早く着いてすごかった。
・雪訓はみんなちゃんとできるようになってよかった。
・源次郎尾根は相変わらず藪こぎが大変だったが前来たときより早く行けてよかった。
・Cフェースは意外と簡単だった。
・別山の岩場はラインどりが悪かったのかCフェースより難しく感じた。
・立山は意外と好天で景色も良くよかった。
・ダンロップの6テンが昔よりも浸水しやすくなっていて沈殿日はだいぶ浸水してきて大変だった。(5年 黒岩)

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