屋久島永田川神様のクボ遡行
宮原CL(4)、田崎(2)、伊佐見(2)

5月3日
フェリー屋久島2乗船8:35〜下船12:45〜バス14:30〜16:35入渓〜下シラケン沢出合の岩屋18:30〜就寝20:30
朝6時田崎が部室に来て、寝ている伊佐見を見て驚く。伊佐見は朝に弱く、必ず寝坊するので部室で就寝していたらしい。しばらくすると差し入れをもった黒岩さんがやってきた。宮原は遅れ、7時半にやってきた。しかし沢靴を家に忘れたとのこと。これはやばい。急いで黒岩さんの車に乗り込み、ドルフィンポートで田崎と伊佐見と荷物だけおろし、沢靴を取りに帰る。残された2人の目の前では鹿大探検部が見送りでストームをしていた。探検部は賑やかである。8時半ギリギリになって宮原が戻ってくる。船に乗り込む。危うく合宿が1日減るところだった。
船でくつろぎ、今日はあまり登らないからとゆっくり準備し、最後尾から下船した。これが失敗だった。バス停の時刻表を見ると永田行きは12:45の後は14:30しかなかったのである。急いで降りるべきであったが、後の祭り。宮之浦港で餌なしで釣りをして時間を潰した。
2時間後にやっと来たバスに乗って永田に向かう。永田では小さな商店がある道を歩く。トイレのある駐車場が見え、林道と山道があったが林道は遠回りのようなので山道を行く。しかし山道は途中で途切れ、ヤブになってきた。ほとんど人が通ってないらしい。少し不安になってきた頃、上に林道が見えたのでそちらに逃げた。それから橋を越え、軌道跡らしい道を行く。途中クワズイモのでかい葉っぱと戯れる。
軌道跡が無くなり、1本沢を超えたあたりで入渓する。昨日雨が降ったので水量が増しているようだ。しばらく行くとF1があり早速右岸から捲く。それから大きな岩を超えることはあるが、泳ぐことはなく進んでいく。しかしながら思っているほど進んでいない。本来はミズトリ沢近くの岩屋で泊まるつもりであったが、下シラケン沢近くでタイムリミットとなり、付近の岩屋で泊まることにした。早速飯の準備に取り掛かるが、なんとガスが1個使えない。ガスカートリッジからガスが出ず、全く使い物にならないのである。仕方なく残りの1個でカレーを煮込み、米を炊く。装備係の田崎が激しく責められたのは言うまでもない。
就寝はもちろん岩屋の中であったが、昨日の雨のせいか、岩屋の中なのに水滴が落ちてくる。辛いが明日のため、濡れながら寝た。(伊佐見)

5月4日
4:30起床 〜 6:15下シラケンの沢近くの岩屋発 〜 7:55 下トリゴエ 〜 17:00 下前の山近くでタープビバーク 〜 20:00就寝

この日は最も沢登りらしいことをした日であった。泊まっていた岩屋は最悪でシュラフはびしょぬれでみな睡眠不足である。おまけに水量が多く思ったよりも前に進めない。前日の目的地だった下トリゴエ沢近くの岩屋には8時頃つく。シラハマの沢の近くで滝をまこうとして高巻きしすぎて懸垂下降をしてもとの沢に戻るはめになる。ザイルを使う気がなかったのにザイルを出すこととなった。今回の沢登りでザイルを出したのはこの懸垂下降だけであった。その後、宮原が落石を受けて足を負傷するもテーピングでがちがちに固めて応急処置だけして進む。懸垂下降をしたためか確実に上の岩屋には着けなくなった。結局、下前の山の近くでタープビバークをするはめになる。そこでいいテン場になりそうなところを発見。しかもタープの張りかたが会心の出来で、注意報がでるようなどしゃぶりを完全に防ぎ、風通しも抜群。とても快適な睡眠を得ることができた。飯は焚き火で作ったのだが、鍋をひっくり返し、土や木の皮までたべることとなった。土は嫌だが、木の皮は歯ごたえがあってなかなかいける。明日は雨らしい。ただでさえ遅れてるのに、沈殿となりそうで不安である。(宮原)

5月5日
(4:00)起床〜(10:30)撤収〜(11:30)ビバーク地出発〜(18:00)神様のクボ吐合いの岩屋〜(20:00)就寝

 天気は朝から雨だった。飯を食べながら、しばらく雨の様子を見ることに。しかし、次第に雨はひどくなり沈殿をすることになる。シュラフの中でしばらく眠る。昼近くになってくると、雨が弱まってきた。沢の様子を見ると増水はしているが、思ったほど悪くはない。急いでタープを片付け、宮原を先頭に出発。目的地を神様のクボ吐合いの岩屋とする。2〜3時間登り、ネマチのクボと右谷の出合につく。ネマチのクボはとても進めそうには見えなかった。その後、順調に進む。神様のクボを危うく見逃しそうになりながらもなんとか見つけ、その近くの岩屋を見つけてその中で眠る。(田崎)

5月6日
起床4:00〜神様のクボ吐きあいの岩屋発 6:15〜永田岳15:40〜鹿之沢小屋17:00〜就寝20:00
 4時起床であるが、皆すでに半分起きている。やはりこの岩屋は間違っていたのかもしれない。トンネル状になっている上に入り口が風上にあるため、風がまともに吹き込んでくる。さらにシュラフが濡れている。寒い。特に田崎は寝ているテーブル上の岩の端っこに追いやられたため、落ちそうで安眠できなかったらしい。
 しかし1日遅くなったものの今日の行動で下りきる予定である。急いで飯の準備にかかるが、ガスカートリッジを振ってもチャラチャラと絶望的な音しか鳴らない。コッヘルにラーメンを入れ、希望の火を灯す・・・。あっけなく消える。あきらめずメタを投入。結局、10個ほどメタを消費し、完成。生煮えラーメン!伊佐見はそんなに食べられないこともないようであったが、宮原はかなり腹にきているようである。田崎はしょんぼり食べている。
 そのような食事のためか遅れたが、岩屋の神様のクボ側の入り口から出発する。いきなり巨岩を登る。巨岩をよけながらジグザグに進んでいく。するとシャクナゲ帯に入った。ひどい。この登山者を阻むような枝の生え方がひどい。ザックやら足やら引っ掛かって仕方がない。最初の方は力ずくでバキバキ折りながら進んでいたが、ほんとに最初の方だけであった。少し行くとヤクザサが生えている斜面があり、楽に動けるようになる。そのまま進むと視界が開けてきて、沢が流れているところに出た。しばらく行くと永田岳も見え、途中スリングを出しながらも順調である。2匹ほど鹿も見た。しかしながら左から出会うはずの支流が分かりにくい。結構大きいはずなので簡単に見つけられるはずなのだが、それらしいものしか分からなかった。取りあえず右寄りに進む。ヤブコギに入る。このあたりから現在地がよく分からなくなってきた。
しばらくすると宮原がネマチを確認し、現在地がU・V峰の間あたりであると分かった。そこからはまさに無心でヤブコギをしていた。と、急にヤクザサの背丈が低くなり、平らな岩肌が見える。U峰だった。その途端、皆急に力が抜ける。
U峰では靴を履き替えるなど、心持ち長めに休憩し、永田岳本峰へと歩を進める。うっすらと登山道があるので格段に楽である。本峰はU峰と比べると感動が薄かった。そしてそそくさと下り、鹿之沢小屋に泊まった。
小屋では焚き火をしてビーフシチウと米を炊いた。小屋にあった灯油を使ったがあまり意味が無く、一時的に火柱を上げるだけであったので杉の葉から地道に火をつけた。宮原だけはしぶとく灯油と戦っていた。米は焚き火で作ったと思えないほど上手に炊けたし、ビーフシチウも余った餅を入れたのでボリュームがあって好評だった。その夜はトランプで盛り上がり就寝した。(伊佐見)

5月7日
(5:00)起床〜(6:00)鹿之沢小屋出発〜(6:40)大石展望台〜(7:30)花山広場〜(9:25)花山登山口〜(11:10)大川の滝バス停〜(14:00)宮之浦港〜(15:50)乗船〜(18:30)鹿児島

今日中に下山しなければ捜索のヘリが飛んでしまう。鹿之沢小屋では久々によく眠れた。夜中にねずみが出たが、自分たちの食料は無事だったようだ。昨日の焚き火の後始末をちゃんとしてから鹿之沢小屋を後にする。花山歩道は、屋久島の中でも自然が多く残されている歩道だ。急いでいたので3時間ほどで林道に出た。わきに大川が流れている。ここから2時間近くひたすら林道を歩く。林道を出て車道に出るが、まだ携帯電話はつながらない。大川の滝のバスは1日に2本しか出ておらず次のバスまで4時間30分待ち。携帯はつながらない。仕方なく初めてのヒッチハイクをすることに。車も少なく、あまり期待はしていなかったが、止まってくれた車がいた。本当に感謝している。安房まで乗せてもらい、そこからはバスで宮之浦港まで行く。何とかその日のうちに帰ることができた。(田崎)


反省
・ 出発の集合時間に遅刻した。おまけに沢靴を忘れて家に取りに帰った。時間にルーズなところと忘れ物が多いところをなおしたい。
・ 永田川は長いこと人が来てないのかけっこう道が消滅していた。「屋久島の山岳」に書いてある巻き道など存在しないものの方が多かった。おまけに崩壊している場所もあって巻かねばならなかったりして時間がかかった。2、3年前にミズトリ沢が崩壊したと聞いたが、そのときのものだろうか。もっとこれらのことも想定して計画を立てるべきだった。
・ 地域研究が甘かった。もっと事前に地域研究をするべきだった。
・ 神様のクボ上部で遭難した。読図をしてなんとかU、V峰のコルに出たが、リーダーとしてもっとしっかりとするべきだった。
・ 計画していた日程がギリギリだった。もっと雨などを想定して予備日を作ったり、計画にも余裕を持たせればよかった。特に、上の岩屋〜神様のクボ〜本峰〜下山はどう考えても1日でこなせる行程ではない。
(4年 宮原)

感想
 ついに屋久島の沢デビューを果たすことができた。しかも、CLとしてである。鹿大山岳部に入ったからには1度は行っておきたかったのでうれしい。正直、岩登りなどの技術に関しては難しいと思うところはなかった。ザイルを使うかもしれないという右俣の最初の方の滝もザイルなしで普通にいけた。しかし、神様のクボ上部のルートファインディングは難しかった。それにしても屋久島の沢はスケールがでかい。水量や岩の大きさなどが鹿児島の本土のものとはまるで違う。登っていくとまっすぐ正面に見える障子岳などは最高だ。多くの支流があるのも永田川の魅力だと思う。ヒルに血を吸われたのもいい思い出だ。世界自然遺産の屋久島の大自然を満喫できてよかった。来年のゴールデンウィークも屋久島の沢にいきたい、と思う。
(4年 宮原)


反省
 まず、計画書の作成・地域研究が大幅に遅れてしまった。もっと速めの行動を心がけたい。
 大きなミスは、使えないガス缶を持っていってしまったことだった。装備係として、準備の段階で確認を徹底しなければならなかった。そのため今回の合宿ではガスが足りなくなってしまい、メンバーを危険にさらしてしまったことは本当に申し訳ないと思う。
 また、医療具に必要だったものを装備に入れておらず、宮原さんが負傷したときに持っているもので何もすることができず、大変迷惑をかけた。使う状況をよく考えて持っていくものを選ばなければならなかった。
 他にも、経験や体力・判断力など自分に足りないものが多く見つかった。次の合宿ではこれらの点を改善したい。
(2年 田崎)

感想
 自分にとっては1年ぶり、2度目の屋久島で、今回は沢登り。不安はあったが、楽しみでもあった。その上、前回は登っていなかった永田岳にも登れる。しかし、思っていたより沢に入ると大変だった。沢の経験が少なかったからだと思うが、ヤブ漕ぎも相当大変だった。けれど今となってはいい思い出だ。岩屋で寝たのは初めてで楽しかったが、なかなか寝付けなかった。
 今回は前回ほどシカ・サルを見ることができなくて残念だった。また、ヒルにかまれるだろうなと思っていたが、まったくかまれていなくてよかった。
 屋久島は自然が多くて本当にいいところだ。屋久島には何回でも行きたい。
(2年 田崎)


反省
・せめて行きのバスの時刻表を調べておくべきだった
・ 沢登りの経験が少なかった
・ 体力をもっとつける。もう少しあれば余裕があったはずだ
・ 今回の合宿で身に付いたが、焚き火を上手に出来るようになっておく。手間取らなかったはずだ。
・ またも足の爪が取れかけてしまった。沢に行くと必ずと言っていいほどだ。沢の経験が少ないからかもしれない
・ このように最終下山日ギリギリになる時は、永田岳山頂等でOB代表の西村さんに連絡を入れるべきだった。連絡を入れていれば無駄に心配せずに済んだ。今回の場合ヒッチハイクに失敗していれば、その分連絡も遅れ、捜索隊が出ていただろう。
・ ヒッチハイクで乗った車やバスの中でOB代表や学生課に連絡を入れるのをためらったが、今回のような場合はメールを送ったり、事情を話して電話をするなど機転を利かせるべきだった
(2年 伊佐見)

感想
 今思えばいい思い出だ。このせりふは確か高校1年の時に黒部五郎を登り終えたときも言ったはずだ。今回の合宿で味わった感動もその時と同じだ。あれほど体から気持ちが湧き出てきたことは久しぶりだった。U峰に出たときは本当に心の底から感激した。これはやはりもう下山したい、夢であってほしい、このままヘタりこんでしまいたいと思えるほどギリギリの状態だったからに違いない。永田川遡行でこんな状態では駄目なのかもしれないが、自分が山に関係し始めたときの感覚を思い出せた点では最高の合宿だった。また最後のヤブコギを任されたことを本当に感謝している。あの感動は先頭でなければ味わえなかっただろう。
 さらに神様のクボでの宮原さんの冷静さは見習わなければならないと思った。体力の差か、経験の差かは分からないが、後輩2人がダレダレで座り込んでいるところで次のことを考え、きちんと読図をしていたのはさすがにリーダーだなぁと思った。自分は地図を出すだけで、もうどのピークがなんて言う山だろうと構わないと思ってしまっていた。
(2年 伊佐見)

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